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第153話

「行くぞ」  約束通りシャイニングムーンの店先に車を停めた降谷に声をかけられ、車内に足を踏み入れる。その間も体は小刻みに震えていた。また襲われたらどうしよう。そんな思いが胸を渦巻く。 「話ってなんだよ」  そっけなく声をかけるが、降谷は黙ったままだ。ひらひらと空から舞う雪に窓が濡れていく。やがてそれは雨になった。ぱらぱらと音を立てながら窓を叩く。重い空気が車内に充満した。 「黙ってないでなんとか言えよ」  痺れを切らしてそう言い放つ。降谷はちらりとバックミラー越しに秀治を見ると目を伏せた。普段と様子の違う降谷に少し不安になる。 「謝って欲しいのか」  その言葉が空中に浮かぶ。何をと言わなくてもすぐにわかった。その声は色を持たない。温度ももたない。まるで人形のような声に背筋が冷えた。 「俺が謝ればおまえは許してくれるのか」  まるで自問自答するかのような降谷の言葉にたじろく。こいつ、なんかおかしい。いつもと違う。よくよく顔を見ればやつれているようにも見える。  ほどなくして車はなぜか寮とは別の方向に向かっていく。 「おい、道違うってーー」  獣のような瞳と目があった。瞳孔は開き、眉はつり上がっている。捕食者の顔だと秀治は思った。鬼気迫る表情に言葉を失う。今すぐこの車内から逃げ出したかった。しかし、足が固まって動くことができない。 「おまえは変わった」  ぽつりと降谷が呟く。たしかに俺は変わったかもしれない。クインやアレン、ダグや唯斗に出会って生きるのが楽しくなった。以前のような漠然とした苦しさを忘れるほどに今が楽しい。幸せかと聞かれたら素直に頷くだろう。

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