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第157話

「……そうだな」  珍しく同意する降谷を見て握った拳が開いていく。秀治は畳みかけるように降谷に迫る。 「あんたは俺が幸せなのが許せないんだろう? 唯斗さんと一緒の今が俺は一番幸せなんだ。それをいつもぶち壊そうとしてくる。俺の親だかなんだか知らないが迷惑なんだよ」  吐き捨てるように言うと、降谷は静かに秀治の目を見つめてくる。その眼光にももう怯まない。 「言ってみろよ。俺の前で謝ってみろよ。できないんだろ。何考えてるかわからないあんたのことだ。人の苦しみなんてわかんないんだろ」  最後の一言が余計だったらしい。頬を殴られた。瞬間、口の中が鉄の匂いで溢れる。口の中を切ったのか。まだじんじんと熱をもつ頬を押さえて降谷を睨みつける。 「おまえだけが苦しんでるわけじゃない」  はっと嘲笑うように秀治を見上げる視線は冷ややかだった。 「おまえみたいに馬鹿正直に生きられるやつなんてそう多くない」  なにを言ってるんだろうこいつは。秀治は血の混じった唾を飲み込む。降谷の瞳の奥がまた深い藍色に染まっていく。心を閉ざすような光だと秀治は思う。 「あんたはいつも飄々としてて、なんでもない顔をして俺を傷つけるんだ。俺のことを都合のいいおもちゃかなんかだと思ってるんだろ」  自分で言って嫌悪感が込み上げてきた。この男の前にいると自分の醜い部分も丸裸にされるようで、息をするのも辛くなる。 「それは違う」  凛と透き通った声で降谷が言う。 「俺のこと嫌いなんだろ。目障りなんだろ」  叫ぶようにして言う。口の中がからからに乾いている。精一杯の反抗だった。

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