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第160話
「だいぶ熱心だったみたいだよ……一度この店を開店したばかりの頃、珍しく酔っ払ってレンが教えてくれたんだ。暗い過去のことをね」
本人は覚えてないかもしれないから、秘密だよと人差し指を唇につける。秀治はゆっくりと頷いた。
「とにかく、大変な目にあったらしい。今でもカウンセリングに通って、抗うつ薬を飲むほどにね。普段の様子からは想像もできないけど、レンは今も苦しんでる。戦地での記憶がまとわりついてるんだ」
時代も時代だったからねぇとダグが壁の一点を見つめる。その瞳はどこか憂うように暗い。
「あの頃はイラクの内乱が激しくて、そこに派遣されたと言っていたから、大変な思いをしたはずだよ。今でこそ大きな紛争のニュースは少ないけど、一昔前はひどかった。アメリカの新聞紙は遠い国の紛争の話でもちきりだったよ」
「降谷は軍人をやめて普通のサラリーマンになったのか?」
うん、とダグが大きく頷く。
「レンは変わった。色のない表情が少しずつ明るくなっていった。いつもは無愛想だけど、ほんとは心根が優しいやつなんだ。困っている人を見過ごせないタイプなんだよ」
君みたいにね、とおでこを指で弾かれる。秀治は目を見開いた。
「うちのキャストの大半はレンの紹介。シュウも、アレンもクインも。皆、それぞれ暗い過去を持っている。でも今を真っ直ぐ生きてる。シュウもそうなんだろう?」
そう言われて初めて気づく。クインもアレンも秀治に優しく接してくれた。リストカットのことも何も言わないでくれた。それはダグの言うように過去の暗い記憶があったからかもしれない。
「皆ばれてないと思ってるみたいだけど、クインにもアレンにも恋人がいる。それは、仕事的には歓迎されないことだけど二人にとってはとても良いことだ。だから目を瞑ってる」
ダグがウインクをしながらこちらを見た。
「シュウも見つけたんだろう。安心できる場所を」
ぐっと喉の奥で言葉がつっかえる。その先を聞いてみたいような、聞きたくないような気持ちで息を吸った。
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