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第162話

 ふと思った。降谷はこんな気持ちを抱いたことがあるのかと。誰かに抱きしめられて、「大丈夫だ」と言われたことはあるのかと。ダグの話を聞くと無いように思える。それが自分のことのように辛くて嗚咽が止まらなかった。  ひとしきり涙を流した後で、ダグがティッシュを手渡してくれる。それで鼻をかんで涙を拭き取った。気づけば就業時刻に近づいていた。 「今日も頼むよ。シュウ」  君がいなきゃうちは回らないからと優しく言われると、また涙腺が緩みそうになって上を向いた。  なんとかシャイニングムーンでの仕事を終え、寮に帰宅する。クインとアレンに顔を合わせる余裕がなくて、先に帰ると伝えていた。一人、いつもより広く感じるリビングでコンビニで買ったおにぎりを頬張る。降谷の家には生活感がほとんどなかった。きちんと食事をしているのだろうか。ミネラルウォーターだけで生きているなんてことはないと思っても、やはり心配になる。降谷を心配することになるなんてきっと昨日の自分では考えもしなかった。  それからは仕事に忙殺される日々だった。ほぼ毎日シャイニングムーンに足を運び厨房で働く。正直、ストリップをする時間も心の余裕もなかった。頭の中は気付けば降谷のことでいっぱいで、それを考えないように包丁を動かしていた。料理をしている間だけは無心になれた。心のどこかで降谷を気にしている自分がいる。それが不思議でたまらない。あんなに手酷い仕打ちを受けたのに、忠犬のようにあいつを慕っている自分を信じられなかった。

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