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第165話

「俺、行かなきゃならないところがあるんだ」 「シュウくん」  優しい鳥籠に囚われているようだといつからか思っていた。唯斗の差し出してくれる手をなにも疑わずに取っていた。望むものは全て与えてくれて、自分を大切に扱ってくれた。初めてをたくさんくれた。それが嬉しかった。 「唯斗さんのこと好きだよ。俺が初めて愛した人だから。初めて俺を愛してくれた人だから」  言葉を放つ声が震える。この決断は間違っていないだろうかと不安でたまらなくなる。この人の手を振り払うことは正解なのだろうか。 「俺じゃ物足りない?」  体を離される。自嘲的に唯斗が笑った。乾いた笑い声に胸が痛くなる。 「そういうわけじゃない。でも、俺は──」 「ダメだよ。君は俺のものなんだから」  底の見えない声で唯斗が囁く。それは暗い色を含んでいて、秀治はびくりと体を震えさせた。いつもの唯斗さんじゃない。初めて見る彼の一面に体が硬直したように動かない。頭の中でサイレンが鳴り響く。ビルの真下を見下ろすときの耳鳴りに似ていた。 「ダメなんだ。シュウくんがいないと俺は……だから許して。こんな俺を許して」 「唯斗さっ」  暴れる秀治を軽々と抱いて一度も入ったことのない部屋に連れて行かれる。二重扉になっているそこは書斎だと聞いていたが、そんな言葉を信じられるほど秀治も純粋ではない。唯斗の腕に噛みついてもその手は緩めてくれなかった。背筋が凍っていく。息を吸うのもやっとで頭の中が白黒に点滅していく。なにかよくないことが起こる前触れのようで秀治は震える体を抱き寄せた。

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