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第166話

「唯斗さん! やめてっ」 「……ごめんね」  最後に聞いた謝罪の言葉は温度のないものだった。両腕をネクタイで縛られ、その部屋に放り込まれる。紅一色の壁に白い床。埃の一つもない。窓のない部屋は天井にある換気扇だけが空気を吸い込んでいる。何度も叫んでも、名前を呼んでも唯斗は戻ってこない。 「嘘……」  監禁されたのだとわかっても信じることができない。あんなに優しい唯斗さんがこんなことをするはずがない。荒くなる息を整えるために深く深呼吸をする。きっとこれは何かの気の迷いで、冷静になれば解放してくれるはずだと信じた。そうでもしなければ発狂してしまいそうになる。    どれくらい時間が過ぎたのだろう。この部屋には時計がないから時刻がわからない。お腹が空いてたまらないからきっと六時間は放置されているような気がする。何もない床に腰を下ろしてドアを見つめていると不意にドアが開いた。ペットボトルの水とおにぎりを持った唯斗が近づいてくる。秀治は急いで足元に縋りついた。 「わかったよ。唯斗さんから離れないから。お願い家に返して」  ふるふると首を振り唯斗が座り込む。綺麗な足であぐらをかいて秀治の正面に来る。 「帰したらもう二度と俺のところには戻ってきてくれないでしょう?」  おにぎりのラップを取りながら唯斗が言う。その声に以前の温かみはない。口元に無理やりおにぎりを押し込まれる。両手が使えないから首を背けようとすると、もう片方の手で首根っこを押さえられた。 「食べて。これからはお風呂もトイレもご飯も俺が全部世話してあげる」  小さく笑った後で真顔になった唯斗を見て秀治は目を見開く。怖いと初めて感じた。

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