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第171話 俺の救世主
ゆっくりと確かな足取りでキッチンに向かう。唯斗さんも間抜けだな。ここを一番に閉めておかなきゃいけないのに。キッチン下のボードから果物ナイフを取り出した。もう消えてしまいたかった。艶々と光る銀色の光が秀治の瞳を映す。たぶん、本気でやれば消えることができる。なのに、初めて手が震えた。がくがくとナイフの柄を持つ手が震えて床に落としてしまう。それを拾う間も膝ががくがくと震えていた。こんなこと今までなかったのに。怖くて怖くてたまらなかった。死ぬ勇気がなくなったのだとわかって、ほっとした。あの頃の自分より少しは成長できたかなと思って、その場に体育座りになる。その直後、玄関のドアが開く音が聞こえた。また甘い毒を囁かれるのだろうとわかっているから、憂鬱な気分になる。あとから何かを問い詰められるのも億劫なので、ナイフを元の場所に戻そうとした。そのとき。
廊下を進む足音がいつもの軽い足取りではないのに気づく。力強い足取りで、速さでキッチンに向かってくる。そのままキッチンのドアが無造作に開け放たれ、そこに立つ男を見て秀治は目を見開いた。
「動くな」
「降谷っ」
手に持っていたナイフを軽々と取られ、ボードの中にしまいこむ。よく見ると降谷の肩が上下に揺れている。息も上がっていて急いで来たらしい。その姿にほっとすると同時に足から崩れ落ちた。それを降谷は当たり前のように広い胸板で抱き止める。じわじわと涙が溢れてきて、目尻を手の甲で擦った。
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