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第173話
唯斗は目を伏せてしばらく黙っていたが、ふぅと呑気なため息をつくと真剣な顔で謝罪してきた。
「シュウくんごめんね。俺の独りよがりだった。もう二度と会いに行かないから、それだけは安心して欲しいな」
態度が急変した唯斗を怪訝そうに降谷が睨む。唯斗は胸の前で手を振ると眉を下げて笑った。
「君には敵わないみたいだから」
どくん、と一際大きく心臓が高鳴るのを秀治は感じた。降谷は黙っていたが話は済んだと言わんばかりに大股で歩きだす。再び肘を掴まれて電柱の前に留めてある車に連れ込まれた。助手席に括り付けられ、勢いよく発進する。最後にマンションの玄関の真下でこちらを見つめている唯斗と目があったような気がして、すぐに頭を振った。そのときの顔がひどく悲しげだったから。またあの人のもとへ戻ってしまいそうで怖かった。
車内にはラジオの音だけが響いていた。茶色いスモークのかかったサングラスをかけながら降谷がハンドルを握っている。降谷とは熱で倒れて以来会っていない。あのとき言われたことを思い出して一人赤面する。何を話していいかわからず、膝の上に乗せた手を握ったり開いたりしていると、不意にこちらに視線を向けてきた。喉が締まり体が硬くなる。
「痛むか」
「え」
そう言って、車が赤信号で停まっている間に心臓のあたりを軽く小突かれる。無防備な急所に触れられて体が跳ねる。
「怪我をしていないならそれでいい」
「怪我はしてない……」
うっすらと透けるサングラスの下で青い瞳が微かに揺れている。獣のような瞳ではなく、慈愛に満ちた神様のようだと秀治は思う。
「ダグが心配している。他のキャストも仕事の前と後におまえを探しに町を歩き回った」
そう言われて少し嬉しいと思ってしまう。信じていた。きっと助けに来てくれると。それがほんとうに嬉しくてあたたかくて胸が締め付けられる。
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