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第174話

「何か食いたいものはあるか」 「えっ」  ハンドルを人差し指でリズムよく叩きながら、降谷が呟く。降谷なりの心配しているという気持ちの表れなのかもしれないと思って心の中でくすりと笑う。おにぎり一つしか食べていないから、返事をするようにお腹がぐうっと鳴った。 「何がいい」 「じゃあ、寿司がいい」  以前、スーパーの値引きで買った寿司を思い出し答えると「わかった」と降谷が頷いた。滑るような安全運転で駅前のコインパーキングに車を停めると行きつけだという寿司屋に連れて行ってくれた。|魚街《うおまち》と書かれた暖簾をくぐり、カウンター式の小さな店に入る。すっと魚の匂いが鼻に入ってきた。 「珍しいね。あんたが連れと一緒とは」  恰幅のいい店主が降谷と秀治を見やって声をかけてくる。 「まあな」  ラフに接しているらしい二人を横目に、壁一面に貼られた板を眺める。こんなふうにメニューが載っているんだなと思っていると、一番奥の席に案内された。降谷は勝手を知っているらしく、店主に声をかけ八貫の寿司を注文した。その日の店主の気まぐれやおすすめで構成されているセットらしく、出てくるまでは客はわからないのだという。あたたかい緑茶を啜りながら隣でスマホをいじっている降谷を盗み見る。なんだか少しやつれたように見える。まだ体調が元に戻っていないのだろうか。 「はい。おまち」 「ああ」 「ありがとうございます」  イカにウニにタコにマグロ、サーモンとイクラに穴子と卵が乗せられた葉っぱ型の皿を受け取る。定番らしいそれぞれの寿司を一番端から頬張っていく。降谷は箸の扱いに慣れているらしく、それに少し驚いた。何を話すでもなく黙々と食事に集中していると、一度降谷が席を立って外に出て行った。仕事の電話だという。 「あんた食いっぷりがいいねえ。見てて嬉しくなるよ」 「そうですかね? どれも美味しくて箸が止まらなくて」  店主は穏やかな笑みを浮かべながら秀治を見つめる。

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