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第188話
しかし、恥ずかしいのでそんなことはしない。きちんと恩を返す方法はちゃんとある。シャイニングムーンで一流の料理人になること。そして、ゆくゆくは厨房を全て一人で回せるようになること。それが秀治の夢になっていた。
昼食後、ふれあいコーナーのウサギやポニーに餌をやった。降谷はそれを眺めているだけだったが、秀治はまた子どものようにはしゃいでしまった。小さな口で一生懸命餌を食べるウサギは愛らしかったし、ぼりぼりと豪快に人参を食べるポニーは勇ましかった。
ベンチに座って休憩をとりながら、話を促すと降谷は意外にもすらすらと話してくれた。仕事の近況、新しい事業のことで手詰まりになっていること、秘書が変わったことなどなんでも話してくれた。降谷からそういった話を聞くことは初めてで、信頼されているのだとわかると胸が熱くなった。
「おまえのほうはどうだ」
「別に。普段と変わらない」
「……翠には会ったか」
素直に会ったと言うべきか、余計な心配をさせないために嘘をつくべきかに迷う。その迷いを鋭く察知したのか、言えと強い瞳で促され渋々口を開いた。
「先週、ショッピングモールで声をかけられた」
「……一人で行ったのか」
声に怒気が含まれたのがわかって、体を小さくさせる。
「一人じゃない。クインもいたけどトイレの前だったから一人で……」
「そうか。なにをされた」
先程までの緩やかな雰囲気はもうない。それを寂しく思いながら秀治はぽつぽつと話し始める。
「降谷の悪口を聞いた。降谷は飽き性だから早めに逃げたほうがいいって。あとーー」
「あと、なんだ」
サングラス越しに目が合う。ごくりと唾を飲み込んで息を吸った。
「降谷は馬鹿な子がお気に入りだって」
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