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第一章 第6話
木野崎を煽ってから数週間、俺はすっかり安心していた。
オナニーで尻の拡張も時間をかければ上手くいき始め、なによりΩなのにも関わらず、Ωと付き合うのが心地いいとか、その環境を手放したくないとか考えている自分が変だということに対して、男Ωが好きだという木野崎と自分を重ねて自分はマイノリティではないと思えるようになったからだ。
Ωは抱き心地が良い。
それはΩを求めるαなら倍増して感じることなのだろう。
昼休みや放課後にちょっかいをかけに来る葛飾や京本を追い払いつつ、αたちのΩを狩るような視線も意識して拾いつつも、木野崎を抱く自分、木野崎に抱かれる自分を想像しては一人で抜いたり、近づいてくる子たちと寝てみたりする日々。
あの一件から木野崎の俺を見る目は完全に友達から恋愛対象も含むものへと変化していて、それが余計に俺を安心させた。
俺が木野崎で抜いていることは秘密だが、木野崎が俺で抜いているであろうことは想像に難くなかった。
今日もさっさと帰ってしまった赤城、涼華、うららをよそに木野崎と俺は二人きりで帰路を共にする。
「勃たなくなった」
「……は?」
そんな折に木野崎から出たセリフがこれである。
「……なんで?俺をオカズによろしくやってんじゃないの?何?ED?」
「っ……なんでお前をオカズにしてることがバレてんだよ。いや、そうじゃねえ……フツーのAVとか見ても、勃たなくなった」
言いたいことが、よくわからない。
俺で抜いてる野郎がなんでフツーのAVなんて見てるんだろうか。
AVと俺を重ねて見てるとかそういうことなんだろうか。
「お前のせいだよ」
「どういうこと?」
「お前ん事ズリネタにしてたせいで、お前以外じゃ……勃たなくなったっつってんの」
「……!」
俺は思わず喜んだ。
だって俺と同じ、正確には同じではないが、Ωを恋愛対象とするΩとして俺と同じな木野崎が、俺以外じゃ勃たなくなったというのだ。
これは数々の女子男子をフィッシングしてきた俺にとって物凄く都合の良い機会だった。
俺と同じ木野崎が、俺のモンになるかもしれない絶好のチャンス。
普段俺をちやほやしてるくせに、αが来たら俺のことなんかほっぽり出してαに群がる他のΩ達とは違う。
俺のことを好きになって、求めてくれるΩ。
「じゃ、じゃあ……付き合う?」
滑り込むようにしてするっと口からそんな言葉を吐いてみる。
しかし木野崎からの返事は俺の期待に沿うものではなかった
「いや……付き合わねぇ」
「なんで!?」
思わず大きな声が出て、木野崎がびくっと体を震わせる。
「……それは言えない」
「なんで!?お前、俺以外じゃ勃たねーんだろ」
「そうだよ。でも……」
「でも、何?」
「……言えねー。てか相浦、お前」
「は?何?」
「お前俺のこと、好きだろ」
一瞬世界が止まったような気がする。
そしてハッと正気を取り戻す。
なんて?いやなんで?
俺以外じゃ勃たなくなったなんてショッキングなことを言ったのは木野崎だ。
なんで俺がお前を好きなんだよ。お前が俺のこと好きなんだろ。
なのに何で付きあわないって?
「大体にしてなぁ……っ、お前、自分のことオカズにしていいとか俺に言ってくる時点で俺のことちょっと意識してたろ」
「っそれは……」
そう。
それはそう。
「ヤるにしてもΩとかαとかカンケーねぇ」そう言った木野崎の言葉をずっと意識していた。
俺だけが変なんじゃないって思いたくて、俺以外にもそんな奴がいるって思いたくて。
木野崎で抜いてるとき、ずっと想像の木野崎が俺の身体を求めてくるのが嬉しくて、安心して、興奮して。
前でも後ろでも木野崎相手に抱いて、抱かれてる気になって。
「っ……」
「相浦は俺と付き合いたいんだろ?」
「……。……、……うん」
長い沈黙の末に、蚊の鳴く声のようなか細い、かすれた声が出た。
今までの人生で、求められて応えることはあっても俺から誰かを求めたことは無かった。多分木野崎が、初めて。
「……じゃあ、αに抱かれてきて」
「……え?何?」
またもや耳を疑った。
「相浦がαに抱かれて、それでも俺の方が良いっつーんなら付き合っても良いよ。でもαに抱かれてないのに俺んとこ来んのはナシ」
「なッ……」
なんだそれ。
ていうか、言ってることが滅茶苦茶だ。
仮に、木野崎が俺のことを好きなんじゃなくて、俺が木野崎のことを好きなんだとしよう。
だとしたらこいつの言ってることは、滅茶苦茶クズだ。
自分のこと好きな奴に、他の奴と寝ろと言っているわけだから。
「抱かれるだけじゃなくて、俺のことも抱きたいだろ。じゃあ女αとヤッてきて。挿れるのも挿れられんのも俺の方が良いってお前が思わなきゃ付きあわねぇ」
「……ッ!それ、何の意味があんの?確かに俺、お前のこと好きかもしれない。でもお前だって、俺じゃなきゃ勃たなくなるぐらい俺のこと好きじゃん。お互い好きなんだったら、付き合えばいいじゃん」
「それは無理」
「なんで」
15年生きてきて人生で人に縋るような、食い下がるような真似をしたのは初めてだ。
どこまでも問い詰めたくなる。
「お前……ふたなり以外に寝取られにも興奮する性癖なの?」
「ちげーよ。それは流石にない」
「だったらなんで他の奴に抱かれろなんて言うんだよ。俺、お前のモノになるの、嬉しいよ」
「お前は……αの味知らねーだろ」
「は?」
αの味。
あの時葛飾が言ってたことだ。
Ω同士なんてαの味を知らないから一緒に居られるんだって。
胸の奥がザワつく。
「αとΩは……どうしたって惹かれるもんなんだよ。出会う確率は低いだろうけど、運命の番なんかだったらもっとそうだ。俺も……もうこの際言うけど、相浦、お前のこと好きだよ。でも自信がねぇ。この先どんなαが現れてもお前が俺んとこから居なくならない保証なんてねぇ。俺だってそうだ。俺もこの先αと出会ってお前のこと捨てない自信なんかねぇ。αやΩのフェロモンの影響受けないβ同士とはわけが違う。Ω同士ってなぁ、そういうことだ」
……木野崎が俺と付き合うのを渋る理由がわかった。
好き同士なのに、結ばれない。
「わかった」
俺は木野崎にまっすぐ向き直って答えた。
「じゃあ……αクラスの委員長……の女αの西条さん。俺、落とすわ。落として、セックス。そんでまだ俺が木野崎の方が良かったら、俺と付き合って」
「いいよ」
「……俺以外じゃ勃たねぇくせに、俺が他の奴と寝たからって泣くなよ」
「泣かねーよ」
俺に他の奴と寝ろと言ったくせに、木野崎の俺を見る視線はやっぱりどこか熱っぽい。
こいつは俺を、信じているんだろうか。
もしαとセックスしたらどうなるのか。それは俺にもわからない。
それに自分が、好きな奴の為だったら他の奴をヤリ捨てするような、踏み台にするような真似ができる奴だったということにも驚いた。
いつも寄ってくる子たちとお互いテキトーに寝るのとはわけが違う。
木野崎と別れて家への帰り道、俺はちょっと泣いた。
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