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第一章 第10話

「西条さん、俺ね、高校入ってからはまだ無かったんだけど……もうすぐ、ヒートが来る」  ……キタ。  西条さんの表情が物語る。  俺からこの言葉が出るのを、待ってたかのように。  ヒートは、いわゆる発情期だ。Ωにしか来ない。  Ωのヒート中のフェロモンにあてられたαがラットという急性発情状態になることがある。  番を持つΩは自分のα以外にフェロモンが効かなくなるが、俺と西条さんは番ではないので、他のαを誘惑してしまう可能性もあるのだ。  だからαもΩも、抑制剤を普段から常用している。  ヒートを収める方法は、無い。  ただ俺の場合は一週間前後……過ぎ去るのを待つしかない。  その間は恋人に慰めてもらうか、自分で抜きまくるしかない。  西条さんの表情から、きっと俺の為に色々調べていてくれたんであろうことがわかる。  西条さんは女だ。でも、αでもある。  ヒートになった恋人の、それも男Ωを相手に、何をするのか、しっかりモノを考えている。 「今までの恋人と……どこまでしたこと、ある?」  聞きにくかったことを聞けるチャンスでもあった。  Ωのヒート。  Ωが発するフェロモンで、αもΩも滅茶苦茶になる。たとえ抑制剤を飲んでいても、だ。  αの持っているαフェロモンに、Ωが反応してヒートを誘発することもある。  社会的には疎ましく思われているこの現象が、αにとっては恋人を守る、自分のαとしての出来を証明する一大イベントだ。  だからヒート中のΩに、αは敏感だ。 「中三の頃……、αの女の子と付き合ってたときに……擦りあいっこと、挿入まで、全部しましたよ。もちろん私も、挿れてもらって」  俺を安心させるように優しく答えてくれる。  それを聞いてほっとする自分も、どこかにいる。  αの女と、Ωの男は殆ど勝手が同じだ。  αの女に付いてる、おっぱいとか穴とか、クリトリスとかは俺には無いけど。 「俺、もうすぐヒートが来る」  同じことを教室で呟いてみる。 「休暇申請したの?」  赤城が俺に質問する。  休暇申請とは、学校や会社でヒートのΩが休暇を取る申請制度で、その間は休んでも出席日数にカウントされ、会社であれば有給扱いになるというものだ。  もちろん休んだ分は取り返さないといけないので補修三昧になるわけだが、ヒートで学校を休んでも出席日数が足りなくて留年……なんてことにはなかなかならないので社会的に考えてもΩの人権を保障する制度だ。  Ωのヒートは生殖機能が衰え始める40代頃まで続く。それまでΩはこの休暇制度と人生を共にすることとなる。  学校ではΩクラスは常時補修で埋まっているので、世間でいう夏休みや冬休みは補修で潰れるため、Ωには1ヶ月単位の長期休暇が殆ど存在せず、放課後の補修で学校での拘束時間も長めだ。 「もうした……けどいつ来るのかわかんねぇから不安……」 「だよな~。俺は高校入ってすぐ来たから女の子の知り合いもあんま居なくて中学の知り合い呼んでヤらせてもらってたわ」  そういえば赤城は4月の時点で一週間程度姿を消していた。 「涼華も5月に休んでたっけ」 「まーね。ヒートのおかげでαの新しい彼氏ゲッチュ」 「まじ!?」  男をとっかえひっかえしているとは聞いていたがヒートを利用して男引っ掛けてるとは恐れ入る。 「涼華の彼氏ってどんなん?」  木野崎が聞く。 「アーシらと同い年。割と目立つから知ってっかも……見に行く?」 「うららは涼華の彼氏知ってんの?」 「うん、知ってるよ」 「見たい見たい!」  ということで、αクラスに涼華の彼氏を見に行くことになった。  いつもならば、いの一番に俺に気付くはずの葛飾と京本は、席を外しているようで居ない。  西条さんも、居なかった。  俺達Ωのグループがαクラスに訪れたことで教室が若干ざわめく。 「窓際の、あいつら」  涼華が指す方を見ると、あからさまにガラの悪そうなヤンキーグループが窓際の端の席に寄り集まっているのが見えた。 「の、一番デケー奴」  見ると、ライオンの鬣のような頭をしてピアスをじゃらじゃらつけている大柄な男が目に入った。デケー奴……というにはあまりにもデカすぎるというか。多分2メーター近くあるんじゃないだろうが。体つきもがっしりしていて、目つきの悪いのが更に、まさしくライオンのような雰囲気だ。 「彼氏ってお前……アレ!?」  涼華とうららは平気そうにしているが、俺と木野崎と赤城は若干震えている。  アレが彼氏ってお前……お前……怖!!  同じ男とは思えない。同い年とも思えない。  涼華自体がヤンキーなので付き合う相手もそうなるだろうとは予測していたが、あまりにも怖すぎる。  と、こちらに気が付いた彼氏がデカい声で涼華を呼んだ。 「涼華!テメー今日は待っとけ!カラオケ行くぞ」  バリトンボイスのデスボイス。どこまでも見掛け倒しでなく、存在が圧を放つオスの中のオス。 「うららも一緒良い?」 「連れてこい」  強引な態度が板についている。 「っしゃ、驕りだ驕り」  涼華が喜ぶ。  もう一度彼氏を見ると、頭の上から足のつま先まで品定めするように視線を寄越され、ふいと逸らされた。 「こ、コエーッ……」  小さく呟いて俺は涼華の後ろに隠れる。 「は?なに隠れてんだし」  バシッと腰を叩かれ、「ひゃいんっ」と情けなく悲鳴を上げる。 「ふふふ」  とうららが笑うのを横目に、俺達一同はΩクラスへと戻る。  並んで歩きながら木野崎が、俺の耳元へ口を寄せる。 「俺もな……、ヒート、もうすぐだ」  バッと耳を抑えて木野崎へ向き直る。 「……俺と期間、被るってこと?」 「多分な」  Ωのヒートは不規則にもなるが、基本的には一定期間ごとに発症する。  ということは、俺と木野崎のヒートはこれからもほぼ毎回被るということ。ヒートの期間が同じなら、補修を受ける時期も一緒だ。  なによりヒートは際限なく襲ってくる性欲に溺れる期間だ。  そんな期間が被っているというだけで、胸が高鳴る。  お互いヒート同士の時に、コイツとヤれたら……。  そんな想像が頭をよぎる。 「それって、運命かもな」  呟いた俺に、木野崎が答える。 「馬鹿。運命ってのは、もっと強いんだよ」

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