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第一章 第12話

 棚からファイルを取り出しながら木野崎は言う。 「今日はな、俺のアルバム見せようと思って呼んだ。中学でお袋出ていくまでは俺の写真、小せー頃からアルバムに纏めてんだ」 「へー……見たい」 「見たらお前俺のこと、もっと好きになるぞ」 「木野崎ってさ、キープ相手にそこまでやんの、凄いよな」 「キープじゃねえよ。本気だからαとヤッてこいつってんの」 「なんだそれ」  取り出したファイル以外にも、まだアルバムらしきものを取り出しテーブルの上に重ねていく。 「アルバムね……。恋人に進化しそうな幼馴染とか、将来結婚を約束した隣人のαとかと一緒に写ってたりすんの?」 「アホか。そんなん漫画とかドラマの中だけの話だろ。都合良く幼馴染も隣人も居るかッ」 「……だよな。俺も、そんなん居ないわ。ご近所の学生さんたちも……βばっかだし、ご近所付き合いとか、俺らの年じゃまだ無いし。学校も学年も違うし。まともに話したことも殆どない」 「そんなもんだろ。フツー」  笑いながら木野崎が、アルバムをめくる。 「これ、俺が赤ちゃんの時」 「おおーっ」  母親のおっぱいを飲んでいる途中の写真を見せられる。  授乳中の写真とあって、山なりの乳房も、綺麗な色をした乳輪も映り込んでいてドキッとするが、赤ちゃんの木野崎の方に注意を向ける。 「今の木野崎からは考えられんくらい穏やかな表情だな」  母親の腕の中で安心しきった、余りある両親からの愛情をその身一つで受け止める赤ちゃんの木野崎は、可愛い。  部屋にエロ本を放置して、普段から俺と猥談を繰り広げているアホみたいな木野崎とは雲泥の差である。 「これは、小さい頃に両親と遊園地に行った時の写真」  またもや母親に抱きかかえられ、両親と共に3人で映る写真を見せられる。 「っつっても小さすぎて俺、記憶ねーけど」 「いいじゃん。写真に残ってんだから」  ページをめくり、更にめくり、次々と写真を見ていく。 「これは俺が3歳の頃、空手始めた時の写真」 「カワイーっ!空手用の服着てんじゃん」  空手着に身を包んだ木野崎の写真がずらっと並ぶ。  大会らしき写真は、体育館のような背景と共に写真に収められている。 「小学校卒業するまでは、空手の大会とか出てたし、空手の写真が多いんだ」 「へー……運動会の写真とかもあるじゃん」  小さい木野崎が1番の旗を持ってピースしている写真を見る。 「ああ、俺運動神経は良いから。リレーとかよく出てたんだよ」 「1番の写真が多いな」 「空手で普段から運動してたからな。プロのクラブ直結のサッカーチームとか入ってる奴らにゃ敵わなかったけど、大抵は勝てた」  第二次性徴を迎える高校生になるまでは、Ωもβもαも、たいして力に差は無いのだ。  Ωでも、中学までなら一番を取る人間はそこそこいる。  木野崎のアルバムは中学で止まっているらしいから、中学でもおそらく1番を持つ木野崎の姿が写っているのだろう。 「てかさ、木野崎の近くによく写ってるこの子は何なの?」  俺は笑顔のちび木野崎の隣に並んでピースサインをしている男の子を指す。  空手着を着た木野崎の写真によく映り込んでいる少年が一人、居るのだ。 「あー……小学校卒業までうちに空手習いに来てた、2コ上のα」 「幼馴染ッ!!いるじゃん!!」  ただの門下生にしては一緒に写っている頻度が高い。  しかもαかよ。 「小1から6年もうちに通ってたんだ。写りもするだろ。でも相手が卒業して辞めてから会ってねーよ。たまにスーパーですれ違ったりするぐらい」 「会ってんじゃねーか!」 「すれ違うだけだっつの!喋りもしねーよ。家が近いからうちに通ってただけで、実力は有名な空手クラブと変わらんくらいだったし、俺と接点なんて殆ど無いんだって」 「……そうなの?」 「そうなの!」  ハイ次!と、幼馴染(仮)のページを飛ばして木野崎はアルバムを変えてはめくっていく。  中学に上がった木野崎の、入学式の写真や、またもや体育祭や文化祭の写真でアルバムは埋め尽くされている。 「学ラン、ぶかぶか!チョーかわいーっ」 「だろ。俺、可愛かったんだって」  可愛いと言っても、木野崎は可愛い系統の顔じゃない。  少年としての、可愛らしさだ。  ページをめくるごとに、ぶかぶかだった学ランは木野崎の身体にぴったし収まるように成長していく。 「木野崎、身長いくつ?」 「167。つってもまだ成長期来てねーからこれから伸びるぞ」 「そんなん俺もだっつの」 「相浦は?」 「165!でもお前よりでかくなる予定」 「それは、わかんねーだろ」 「でも高校入ってから、身長伸びたよな、俺ら」 「うん。多分もうちょいで170」 「高校卒業する頃には、170も半ばになってんだろなぁ」 「3年先って、なげーよ!でも、それぐらい成長すんだろな。フツーに考えたら」  笑いながらアルバムを閉じる。  中学の途中で記録が止まったアルバムは、これから更新されることはあるんだろうか。 「なぁ、カメラある?」  出来心で、聞いてみる。 「あるけど……長いこと放置してっから、充電切れてんだろ。フィルム式のだったら、また別にあるよ」  木野崎が部屋を出ていき、どこかへカメラを探しに行ってから、戻ってきた。  その手にあるのは、取った瞬間フィルムが現像されるインスタントカメラだ。  木野崎のアルバムに使われていた写真はデジタルカメラを写真屋で現像したであろう長方形の写真ばかりだったが、これでもいいやと俺は木野崎からカメラを受け取り、木野崎の肩に左腕を回した。右手でカメラのレンズをこちらに向け、木野崎に「ピースしろ!ピース!!」と促す。 「これからは俺が一緒に写真撮っちゃる!アルバム、続き作れ!木野崎!」 「ふははっ……ありがとな」  カシャッとフラッシュと共に音がして、正方形の写真が現像されていく。  ポラロイドの写真を木野崎は大事そうに眺め、アルバムに挟んだ。 「相浦……すげー好き」 「俺も木野崎のこと、超大好き」  アルバムを見せて自分を好きにさせると言っていた木野崎が、俺に告白する。  心は木野崎とこんなに通じ合っているのに、俺は西条さんとセックスしないといけないんだろうか。  複雑な俺の心境を見透かすように、木野崎は俺に釘を刺す。 「ヒートが来たら、西条さん呼べよ」 「……わかってるよ」

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