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第一章 第17話
……やべー。
西条さんのこと、どうするか全然考えてなかった……。
俺のヒートが終わり、続いて木野崎のヒートが終わったあくる日。
久しぶりの登校だが、俺の頭を悩ませるのは西条さんとの関係だ。
俺がヒートで学校を休んでいたのはαの中でも知ってる奴は知ってるだろう。
そんな直後に西条さんと別れでもしたら、西条さんのα内での地位は絶対に地の底まで落ちる。
かといって木野崎と付き合った手前堂々と二股かますのも違うのは流石の俺でもわかる。
というか、西条さんは俺たちに巻き込まれただけで、マジで本当に何一つとして悪いことをしていないのだ。
正直に事のあらましを全部伝えてしまうことも一度は考えたが、それではあまりにも西条さんが浮かばれない。
「二人仲良くお帰りなさ~い。ヒートどうだった?」
アホみたいな赤城の歓迎の言葉をあしらいながら、俺と木野崎はモンモンと考える。
「つーか琉人。西条とヤッたんじゃねーの?」
「……ヤッたは、ヤッた」
「何?その間。なんかあった?」
「大丈夫?相浦君……」
心配する涼華とうららに、俺は何と答えることもできずに冷や汗ダラダラである。
放課後になって俺を迎えに来た西条さんに、補習でこれからは一緒に帰れないと告げる。
なんせ丸一週間とちょっとの間の授業を補習で補っていかないといけないのである。
これはΩなら全員そうだ。先にヒートを迎えていた赤城や涼華も補習はもう終えている。誰しもが通る道だ。Ωクラスの補習があるうえに、部活動などもある学校教師という職業は更に激務と化しているらしい。Ωも大変だが、Ωを取り巻く環境も大変なのだ。
帰宅した頃にはもう19時前になっていて、一日の疲れがどっと押し寄せる。
それでもやらなければいけない。西条さんに電話を掛ける。
『相浦君、補習お疲れ様です』
「西条さんも、今日一日お疲れ様」
『珍しいですね、電話なんて』
「……うん。ちょっと用があって」
『なんでしょう。何でも言ってくださいね』
西条さんが、良い人すぎて後ろめたい。
それでなくても西条さんはイイ女なのだ。それを、身勝手に付き合わせておいて、振る俺って、一体何様。
でも俺は、木野崎と付き合いたい。
言いにくいがズルズルといつまでも引き延ばせることでもない。
「俺と、別れてほしい」
『……え?』
西条さんの、ポカンとした声がした後に、二人揃って黙り込んだ。
そりゃそうだ。
特に俺たちは、Ωのヒートを共にした直後の、世間で言うならばラブラブカップルの期間に入った恋人同士だ。Ωのヒート中はΩの性欲を収めるために、恋人たちは長い夜を共にする。Ωのヒートに付き合うのがそれこそ番候補になりえるαならば、ヒート直後は熱い関係になっているのが当たり前だ。セックスも、問題なかった。というか、良かった。それは二人で過ごした時間が証明している。別れる理由なんてない。
西条さんに、悪いところなんてなかった。俺が木野崎と浮気しただけ。でもこれは言えない。自分のΩを他の、ましてやΩに取られたαなんて、この世の中ではまともにやっていけないからだ。西条さんにそのレッテルが張られることだけは、避けなければいけない。
「……俺、知っての通りヒートだっただろ。それで、補習で放課後も埋まるし、もうすぐ夏休みだけど、Ωは夏休みもヒートの休暇に向けて補習授業入るんだ。休みの日も、他のクラスと課題の量は変わんねーから忙しいし。放課後も夏休みも、西条さんと一緒に居られない。一緒に居られないなら、付き合ってても意味ねーし。別れてほしい」
全部本当のことだ。本当のことだが、嘘である。
西条さんは、冷静だった。
『……時間なら、作りますよ。放課後一緒に居られなくても、夏休みも忙しくても、一緒に勉強できますし』
「ううん。そこまでして一緒にいるくらいなら、別れた方が良い。俺、Ωだから。ゴメンな。他のバース性の奴らみたいに、付き合えないんだ」
『それは私も、わかってます。わかったうえで、付き合ったんです』
「……ゴメン。振り回したよな。こんなことで別れようなんて、勝手なこと言ってるのは分かってる。でも俺が駄目なんだ。付き合ってる子とは、一緒が良いんだ。俺は一緒にいなきゃ駄目になる。だからやっぱり、付き合えない」
これも、嘘である。
例えばΩ同士でも、ヒート期間がずれていれば、他のバース性の奴と付き合うのと同様、すれ違いは増えていく。そんなに一緒にいられるなんてことは、βかαに生まれなおすしかない。俺たちがΩである限り、そういう風になっているのだ。
それでも世間は、そんな中でもどうにかこうにか付き合いを続けていく奴らで成り立っている。ヒート期間が被っている俺と木野崎みたいなのだったら、例外だけど。
しかし俺が西条さんを振る理由なんて、こんなもんしか思い浮かばない。
「ゴメン。今日で別れて。西条さんの時間、俺のせいで無駄になんの、俺、ヤダよ」
『……相浦君……無駄になんて……』
黙り込む西条さん。予想通りの質問が、飛んでくる。
『……ヒート中の私とのセックスが、満足できなかったということは無いですか?』
「それはないよ。この間一緒にシたの……凄かった。良かったよ」
『……わかりました。それが相浦君の意志なら……片方だけの想いでは、恋人のままではいられませんね。……相浦君のこと、好きでしたよ』
「……ありがとう。ほんとに、ありがとね」
切れた通話画面をじっと眺める。
嘘でも、俺も好きだったよ、ぐらい言ってやれば良かったかもしれない。いや、騙しておいてそんなのは、もっと酷い所業かもしれない。
後悔しても後の祭り。
「はー……何やってんだ、俺……」
たとえ俺たちが望んで始めたことだとしても。
騙して付き合って、浮気して振って。最低だ。でも事の運びは当初望んだ通りに進んでいるのだから、恐ろしい。
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