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第二章 第18話

 長かった補習期間も終わり、夏休み間近。  俺と西条さんが別れたことは、意外にもそんなに広まっていない。  西条さんはそういう話を言いふらすタイプじゃないし、俺がこのことに関してはだんまりを決め込んでいたからだ。  そして西条さんと付き合っていた時と同じように、誘ってくる相手と寝るのも断っている。  それは俺が木野崎と付き合っているからだが、このことはまだ誰にも言っていない。西条さんの為だ。木野崎も西条さんには悪いことをしたと思っているのか、それとも関心が無いのかはわからないが、俺が黙っていることを認めている。  赤城と涼華とうららだけでなく、俺の周りのクラスメイトは、西条さんが俺を迎えに来なくなったことで事を察してくれた。大半が高校に入ってからの付き合いだが、長年の友人のように接してくれる。良い奴らだ。 「えーっ、今日も琉人君、駄目なの??」  クラスメイトの、俺への誘いを断ると、ブーイングが起こる。 「入学してちょっとの間は、私たちともシてくれてたのに」 「もしかして新しい恋人、できた?」  ぎくりと震える。  俺をテキトーにちやほやしているわけではなく、妙に勘が鋭いのである。 「んなわけねーだろ」  が、西条さんと別れたことが広まると厄介なので、濁しておく。 「……お前は首輪付けとかないと、すぐ他の奴が寄ってくるな」  それを見ていた木野崎が、ぽつりと呟く。 「え?何?」  聞き返した俺に、「なんでもねーよ」とぶっきらぼうに返す木野崎。  首輪?そういえば木野崎のヒート中に俺が犯されたとき、猿轡もされたし、腕も拘束されていた。ふたなりや男Ωに対する妙な性癖に頭を侵されているだけでなく、拘束プレイにでもハマッているのだろうか。 「じゃ、琉人の代わりに俺とどう?」 「タイプじゃない。無理」  代わりに自分を指して即行フラれる赤城。 「なんでっ」 「相浦君は赤城君と違ってチャラくないじゃん。身の程を知りなよ」  クラスメイトの不遜な態度に「急にえげつない悪口ぶっこんで来るじゃん……」と赤城がツッコむと、ドッと笑いが起きた。 「そんなこと言って……琉人、今まで何人抱いてきた?」 「数えきれない」 「ほら見ろ!これのどこがチャラくないんですか?ヤることヤッてんだよ、こいつは」 「そんなことくらいでうちら、相浦君のこと嫌いにならないし」 「ねー」 「えー!?」  掌クルクルなクラスメイト達に赤城が叫ぶ。  そうそう、俺の日常はこうだった。  Ω達に囲まれて、モテて、誘われて。  木野崎と付き合っている手前断っているが、独り身だったらノッているところだ。  でもこいつらは、俺よりαが良いらしい。  αとの交流があればそっちに流れてしまうクラスメイト達は勿論、赤城は将来バリキャリの女αを捕まえると息巻いているし、涼華はごつくて怖い男αと付き合っている。誰とも付き合っていないがどの学年からも、男女問わずモテているうららなんかはどんなαも選び放題で、最終的にはαと番になるんだろう。  αよりもΩの俺を優先してくれるのは、付き合っている木野崎だけなのだ。  といっても、将来木野崎が俺を捨ててαと一緒になる可能性もなくはないわけなのだが。 「相浦」 「なあに、光輝くん」  クイクイっと人差し指で俺を招く木野崎に、椅子から立ち上がって近付く。木野崎が俺の腰に両腕を回し、捕まえた。 「お前、今いくら持ってる?」 「……え?木野崎がどんだけ魅惑的に俺を誘おうと流石に貢がねえぞ」 「そうじゃねえ。大体いくら?」 「……1000円」 「じゃあ、買うのは無理か」 「だから何が?」 「カラー。見に行くだけでもいいや。でも今度買おうぜ」 「「「えっ?」」」  俺と、俺達を取り巻く一帯がぎょっと声を出した。  カラー。これは一言でいえば、Ωのうなじを守る首輪だ。  チョーカーや本物の首輪のような、細くて薄い布製のファッション用のカラーも存在するが、殆どは首全体を覆うように、頑丈にできている。重くて暑いが、防御力だけはずば抜けている。  Ωはαにうなじを噛まれることで番になる。しかし望まない相手にうなじを噛まれるのを避けるため、カラーを付けるのだ。  カラーを付けていることによるメリットはそんなもので、デメリットは、付けていることで一目でΩだとバレる。番のいないΩであることもバレる。だから番のいないΩにすり寄ってくるα達に狙われる。  しかし、恋人のいるΩでも番になるのはまだ早いという場合に、恋人と番契約を結ぶまでの間、他のαにうなじを噛まれないように、カラーを付けている場合もある。つまり、相手がいることのアピールになる場合もあるということだ。 「……首輪、って」  言いえて妙。カラーは、Ωの恋人を繋ぎ留めておくのに有用だ。それこそ、本物の首輪と同じ役割を果たすモノでもある。 「木野崎君、カラー見に行くの?」 「高一でカラーって、まだ早くない?」 「でも、アタシら、その辺のαにうなじ噛まれちゃったらお終いだもんね」 「いつかは買わなきゃいけないだろうけど、首だけ日焼けしないの、やなんだよなぁ」  三者三様な反応をするクラスメイト達。  Ωである限りカラーはいつも身に着ける選択の余地に入るアイテムだ。けれども目立つ。目立つだけでなく、これらのデメリットもあるので、あまり進んで付けるようなもんでもない。 「……アーシもカラー、欲しいわ。今のカレシ、噛み癖酷くていつ勝手に番にされっかわかんねー」  涼華がぼそぼそと言いつつ話題に乗っかってきた。 「え、涼華、それって大丈夫なの」  俺の疑問に答えるように、涼華が服をはだけさせる。  二の腕や、胸。肩にも噛み痕が残り、赤く腫れている。 「こんなんだったらキスマの方がマシだっつの。やめろっつってもやめねーし」 「……お前、あの怖えぇ彼氏にそんな簡単に歯向かってんの?」 「別に怖くはねーよ。アーシには一応、優しいし」  それはヤンキーが身内にだけ優しいという都市伝説的な話だろうか。  あんな怖い彼氏が噛み癖を持っているというだけでも俺は鳥肌モンである。  怖い。怖すぎる。  しかしそれに付き合っている涼華も涼華だ。 「お前、カラー買えよ」  真剣な顔で木野崎が言う。 「そうするわ。普段つけなくても、ヤるときだけは付けとかねーと流石にヤベー」  涼華がこくりと頷き、うららに「今日の帰り一緒に見に行こ」と誘う。うららも「私もカラー見てみたいな。最近広告に出てくるレース柄の奴」と乗り気だ。 「赤城は?カラー」 「……俺は、まあこんなキャラだから、押しの強えぇ女とばっかヤッてっからなあ。無理矢理俺のこと噛もうとしてくるαもいなくはないってか……」 「涼華ほど必要ってわけでもないってことか」 「ま、そーね。琉人と光輝は、なんでカラーが必要なの?」 「「えっ」」  無自覚に痛いところを突いてくる赤城に俺たちはしどろもどろになる。  なんでって、俺達が付き合ってるからですけど。首輪代わりにカラー付けようとしてるだけですけど。なんて、言えねー。 「まぁ、Ωだったら俺らもカラーの一つくらい持っとかないとやっていけねーじゃん」 「そっか?……まぁ、そうだよなぁ。俺ら、Ωだもんな」  ごまかす木野崎に赤城はスッと騙されてくれる。 「つってもカラーなんて、重くて暑そうだし。夏死ぬって」 「もう夏だろ」  赤城のぼやきに木野崎がツッコんだ。

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