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第二章 第22話

 夏休みを終えると、友達が大人に変貌を遂げていた。 「見ろよっうららちゃんの広告っ」 「モデルだってさ!凄いよな~」  クラスメイトがスマホの画面を俺たちに見せる。  体育の時間。うららは涼華と一緒に身長を測る列に並んでいる。女子が先に測るから、その間俺たちは暇だ。Ωという種族は女子の方が人数が多いので、男女別れてやるときは、暇な時間が多くなる。 「……うららからなんも、聞いてないけど」 「マジじゃん。カラーの超大手ブランド……」 「うららってやっぱ、可愛いんだな~」  俺と木野崎と赤城はスマホをまじまじと見つめる。  新学期に入ると、うららが芸能人になっていたのだ。  デビューと同時に、カラーのブランドの公式モデルに就任したらしい。  カラーはΩのみが着けるアイテムだ。Ωだからこそできる仕事なのだろう。 「コラ、授業中に携帯触んなっ没収するぞっ」  体育教師の注意を受けて、「ヤベー」とクラスメイトがスマホをポケットに入れる。  そこに身長を測り終えたうららと涼華が戻ってくる。 「私、167㎝だったっ……」 「アーシは156」 「中学の頃から身長、伸びないね」 「しゃーねーわ。女子は成長期来んの早いから、もう伸びねーっしょ」  喋りながらこちらに向かってくる二人に声をかける。 「うらら、モデルデビューしたんだって?」 「あっ……そうなの。中学の頃からずっとスカウトしてくれてた事務所が、高校入ってからでもまだ遅くないって後押ししてくれて、モデルから始めたの。女優も頑張ることになるみたい。オーディション受けたりして」 「ハーッ……すげぇな。高校生で働いて、って。もう大人じゃん」  赤城の言葉にうんうんと俺たちは頷く。 「親友からしちゃ、マジ自慢だわ」  涼華が自慢そうにふふんと笑う。 「次、男子!出席番号順に並べ!」  教師の掛け声に、俺達は身長測定に並びだした。  俺は出席番号1番なので、当然のように先頭に並ぶ。 「相浦……170㎝」 「うおお~っ5センチも伸びてる!」  喜ぶ俺に、体育教師が言う。 「お前らはまだ成長期来るからな。これよりも伸びるぞ」 「マジすか!楽しみ~っ」  測定器を降りる俺に続いて赤城が乗る。 「そういやさあ」 「なんだよ」 「琉人はスカウトされたりしねぇの?うちの学校のツートップつったらうららと琉人じゃん」  赤城の言うツートップが何のトップなのかはわからないが、俺のスカウト事情が気になるらしい。  体育教師が「赤城、175㎝」と記録する。 「スカウトは昔からよくされるよ。でも俺男にしちゃ身長足りねぇし、Ωは顔の良い奴多いから、顔が良いっつっても生半可じゃΩ性推して売り出すのもできねぇし。断ってんだ。一発でモデルになったうららはすげぇよ」 「そうね。……てかそこは冷静なんだ。いっつも自信満々のくせして」 「るせー」  赤城と一緒に涼華とうららの元へ戻る。  暫くして出席番号の早い木野崎もすぐに戻ってきた。 「木野崎、何センチ?」 「171」 「うえーっ!1センチ負けた!」 「はっはっはー俺の勝ちだ」  木野崎が仁王立ちで勝ち誇る。 「なあお前ら、これから身長どんだけ伸びると思う?」  俺の質問に女子二人は「もう伸びない」と答える。 「俺は180近くまでは行くだろうけど、もうそんなに伸びねーだろーな。成長期も終わって頭打ちって感じ」  赤城が答える。 「俺は175は欲しい……まだ成長期来てねーか、今来てる最中だからワンチャンある」  木野崎が願望を口にする。 「俺も……うち父親いねーからどんくらい伸びるか目安もねーけど」  俺も木野崎に同調する。  Ωは総じてそんなに高身長にはならない。赤城のような育ちの良い個体も存在するが、180㎝を越えるのが当然の男αや170㎝より上が平均身長の男βとはちょっと違う。  女の場合も、170㎝を越える女αがごろごろいるのに対して、Ωは140~150㎝代の女子が多い。涼華ぐらいのサイズ感がΩという感じだ。 「次シャトルランするぞ!男女別れて、女子から先だ」  体育教師の声に、ぞろぞろと俺たちは移動する。 「体育の時のシャトルラン、木野崎最後まで残ってて凄かったな」  終業のチャイムの音を聞きながら、放課後、カバンにノートや筆箱を片して俺たちは帰る準備をする。 「Ωクラスじゃ運動は木野崎が一番だな」 「まあ体育は、得意だから」  答える木野崎に赤城が机に突っ伏する。 「え~っ。俺なんか最初の十回でもうヘロヘロだったのに。光輝やべぇ~」 「やぁ、こんにちは」  そこに現れたのは、羽田だった。 「は、羽田……、サン」  突然のことでびっくりして、ドッドッドッドッと心臓が高鳴る。  羽田は、俺と相性のいいαだ。  同じ空間に居るだけではわからないが、触るとわかる。 「なんか用ですか?」 「生徒会の二人に伝達があって……というのは建前で、君に会いに来た」 「はは、逆でしょ」  ちらりと木野崎を見ると、呑気にあくびをしている。  ライバルが現れたのに、呑気にあくびかよ。と、声には出さないが心の中で呟く。 「おーい、生徒会!」  俺が呼びかけると生徒会の二人が羽田の元に集まった。  羽田がプリントと共に伝達事項を伝えると、二人は去って行く。  が、羽田が帰らない。  俺は木野崎に「帰ろうぜ」と呼びかけ、席を立つ。 「赤城は?」 「俺?補習。夏休みにヒート被ってたから」 「じゃあ、また明日な」 「じゃねー」  赤城が手を振る。  夏休みとヒートが被っていたのに補習に出なければいけないというのも可哀想だが、Ωは夏休み中も学校があるので仕方がない。Ωは勉強はできなくても良いが、しなくては生きて行けないように学校の制度ができているのだ。 「校門まで一緒に出ようか」  そう言って俺と木野崎についてくる羽田に、俺は聞く。 「……本気ですか?」 「君のことかい?本気だよ。駄目かな?」 「駄目とかでは、ないですけど……」  羽田は、自分のことを優しいと言っていた。  それはその通りなのだろう。押しは強いが、拒絶するほどのことはしてこない。その塩梅を、知っている。それに、優しい人物特有の、柔らかい雰囲気を全身に纏っている。 「なんで俺なんですか?」 「なんでって、相性が良いじゃないか」  当然のように羽田は言う。  俺は、相性なんて正直、気にしたくない。  相性よりも、好きな相手と居られる方が幸せだと、そう思うからだ。  相性のいい相手なら求めずにはいられなくなって、好きの気持ちまでも相性に左右されるなんて、もしそうなら最悪だと思う。  αもΩも、相性のいい番候補を探している。当然のようにそうやって過ごして、Ω連中は相性のいいαと出会った俺を羨望のまなざしで見たりする。  でもそれは、俺とは違う。Ωの木野崎に愛されているのが、俺だからだ。それが本当の俺だからだ。 「……羽田サンが考えてるような関係には、俺はなれませんよ」 「どうして?相性のいい相手とならヒートも共にできるし、一緒にいて心地いいはずだよ」 「そういうことじゃなくて。俺、男だから」 「そうだね。それが何か?」 「俺、Ωだけど男だから。抱きたいの。だから男αとは一緒になれない」  もちろん、Ωだから、抱かれたいとも思っている。だけどαの、それも男じゃ相手にならない。抱くだけの性能しか備わっていない生き物と俺は、同じではない。αの男でも、ゲイなら尻を使う奴もいるかもしれないが、羽田はそうじゃないだろう。  木野崎のようなマニアではないが、抱いて抱かれる……そういう関係を一度知ってしまったら、もう他はあり得ない。  それでなくとも木野崎とは元から仲が良いのだ。俺のことをよく、知っている。性的な関係を含めても、木野崎以外はあり得ない。そう思うようになった。 「……君からそういう話が出るとは、思わなかった」 「俺、フツーの人間だよ。エロいこともヨユーで考えてっから」  そういって木野崎に肩をぶつける。  お前以外は、俺は無い。そういう意味だ。 「……まぁ気長に、頑張るよ」  そう言う羽田に、俺は「無理だと思うけどね」と返した。

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