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第二章 第27話
「……こんなことで、ごまかされにゃい……」
「あんたヒートなんだから薬飲んで寝てなさい」
母親の声を聞きながら俺はふらつく。
ヒートが始まった。
秋だと言ってもまだ暑い。
家の中でクーラーをガンガンに効かせたまま、冷えピタと経口補水液を何本も共にベッドに横になる。
首のカラーが重くて硬くて、肌に当たると気持ちいい。
そういえば木野崎は、俺に自分で羽田をつっぱねろと言っていた。
俺のことを放してやれないとも。
木野崎の家庭事情が運命の番によって狂わされていたとは驚きだったが、木野崎自身がこれから、母親のように運命の番に狂わされる可能性もゼロではない。俺が木野崎の傍に居ると言っても、俺のことを手放さないと言い切っていても、木野崎が俺を捨てない保証はないし、俺の前に運命の番が現れないとも限らない。
そもそも俺は、ヒート中に西条さんとヤッてしまった。木野崎のことが好きなのにもかかわらず、直前で辞めるという手もあったにも関わらず、ヒート中にαと一緒にいるというだけで理性崩壊してヤッてしまった。つまり、羽田のような相性のいい相手や運命の番が現れたときに、ヒートを共にしてしまったら、俺はどれだけ木野崎のことが好きでも相手を選ばず行為に及ぶとか、浮気してしまう可能性があるということだ。
それらのことについて、考えなければならない。
ならないのだが、いかんせんヒートでダル重い身体では頭が回らない。
ヒートが一旦始まってしまえば、お外は危険だ。
ヒートの症状が酷いΩは専門の病院で入院までするらしいが、俺の場合はやはり普通。外までΩフェロモンが漏れ出ている可能性もあるが大抵のΩはβばかりの住宅街の中に住んでいるので、家に引きこもっていれば問題ない。ただし外には出られない。αと対面してラットというαの急性発情状態を誘発するかもしれないからだ。
ヒートを木野崎と共に過ごすことも考えたが、一旦ヒートになると外に出られないということは1週間弱どちらかの家に泊まり込みになるわけで、現実的ではない。ヒート周期がずれている者同士ならヒート中のΩの元へ遊びに行くこともできるが、俺達はヒートが被っている。
補習は一緒に受けることになるので一緒にいる時間は長くなるが、どちらかがヒートの発症が不順にならなければこれからずっと、同棲なんかをしない限り、ヒートを木野崎と共に過ごすことは無いのだ。
ヒートはΩにとって辛いものでもあるが、愛する者と共に蜜月を過ごす甘い時間でもある。その期間を木野崎と一緒にいられないのはメンタルがやられる。恋人がいるのに、ヒートで愛を欲する身体を無理矢理放置するからだ。メンタルどころか、身体にガタが来る。
ヒート前に合流してれば、今頃木野崎とセックスし放題だったのに。
なんて馬鹿な考えが脳裏に浮かぶ。
ヒート中は高熱に浮かされ、だるくてしんどくて殆ど何も手につかない。
しかしヒート=発情期というのもあって、何もしなければ性欲は溜まっていくばかりだ。
「抜きてー……でもしんど……」
ベッドの中で毛布にくるまり丸くなる。
だるい。重い。熱い。身体が思うように動かない。
それでも首に嵌めたカラーの存在で俺は、勇気づけられる。
俺が木野崎のモノだという証。
「木野崎のカラー……俺が買うか」
木野崎だけが縛りたいと思っているんじゃない。俺だって木野崎のことを縛って、自分のモノにしたい。
でもまずは羽田だ。羽田をどうにかしなければならない。
マメでコツコツ積み上げていくタイプであろう羽田には、正直に言うと何か言っても大して効果が無い。俺が相手にしていないのに毎度俺の前に現れては様子を見て去って行くのがその証拠だ。外堀を埋めるわけでもない。俺の不快なことはしない。だけど押しが強くて俺に「相性のいい相手」であることを少しずつ植え付けていく。
木野崎と付き合っていることは、羽田には言わない。木野崎を盾に羽田の告白を断るような真似はしたくない。
自分で蹴りを付けて羽田を諦めさせる。俺も男だ。
いつものヒートと変わらず、ベッドの上で丸くなっては睡眠を貪り、熱を測り、薬を飲んで風呂に入ってはまた寝る。そうやって日々が過ぎていく。
食べ物は、あまり喉を通らない。
性欲が爆発しそうになったら、しんどい身体で自慰に耽る。
後ろもオナニーに使うようになってから、自慰に掛ける時間は長くなった。
「木野崎……木野崎っ、光輝……」
ひたすら木野崎の名前を呼ぶ。俺のオカズなんて一人しかいない。
挿れるのも、挿れられるのも、たった一人。
熱に浮かされた身体で、一人で気持ちよくなっても、虚しい。寂しい。木野崎に傍に居てほしい。
木野崎に近況連絡のメッセージを送る。
『俺、幽体離脱のやり方調べてやってみた』
アホみたいなメッセージが帰ってくる。
というかそれは、わざわざヒート中にやることか?
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