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第二章 第28話
全快するまでには、一週間弱かかった。
今回は木野崎の方が先にヒートが終わっていたらしい。
しかし登校のタイミングは合わせることにする。
「おっかえり~今回も二人仲良くよかったねぇ~」
赤城が俺達を出迎える。
「同じ月でも普通週がずれたりするもんだけどね。ここまで一緒だと、運命チックで羨ましいわ」
赤城のセリフに、俺はヒート中一緒にいられないなんて運命を恨むしかないと思う。
「というか木野崎、幽体離脱はできたの?」
俺の疑問に赤城が「なにそれッ」と食いついてくる。
「いや、全然。ただ瞑想が身についただけだった。修行僧になれそう」
「今もメンタルゴリラのくせに今以上に進化してどうすんだよ」
こいつは人が寂しくて病んでいたときに一体何をやっているのであろうか。一人で孤独に震えながらオナニーに励んでいた俺が馬鹿みたいである。
「そういえば、羽田サン。琉人に会いに来たからヒート中で休暇だって教えといたけど。いいよな?」
「あ?ああ……」
羽田には連絡先も、教えていない。
それは俺が交換を断ったからだが、ヒートは俺自身に聞かないまでも、周囲にバレることではあるのでどっちみち一緒か。と思い直す。
羽田は俺の家の住所を知らないが、万が一ヒート中に訪ねでもされていたら……とゾッとする。そしたら俺は、拒めなかっただろう。相性が良いというのは、好きの気持ちには関係ない。
ヒート中のことは分からないにしても、ヒートが終わったことは流石に羽田には伝わらないだろう。羽田がもう来ないのであればそのままにしておけばいい。俺が何か言わなくったって、ただ以前と同じ、それぞれの日常に戻るだけだ。
そんな俺の期待を裏切るようにして、翌日羽田はまたしても現れた。
木野崎と赤城を先に教室に返し、一人で羽田と対峙する。
「ヒート、大丈夫だった?呼んでくれたら行ったのに」
「……いえ、そんな……」
「相性のいい相手となら、ヒートも辛くないだろうに」
「……」
それは、本当のことだ。
恋人がいるのに身体を持て余したままヒートを過ごす、俺や木野崎のあり方ではΩ性の身体はどっかで崩れる。ヒート中の身体に相性のいい相手の身体を合わせれば、てきめんに効く。
ヒートが終わった時の回復のしがいもΩ単体でいるときとは格段に違うだろう。
俺と木野崎は、茨の道を進まねばならない。せめてヒートを共に過ごせたら、お互いヒートで身体を求め合えたら、少しは違うのだろう。それでも現状ヒートを共にする術はない。
「羽田さん」
「なんだい?」
「……わかってますよね。俺じゃなくてもいいって」
俺は切り出した。
これで、終わらせる。
羽田は優しい。今では恋人候補にならないまでも、友達と呼べるくらいの間柄にはなった。
でも俺は、木野崎と居るために、この人を切る。
「たとえ運命の番でも、相手は何人もいる。ましてや俺程度の相性のいい相手だったら、探せばゴロゴロいる」
運命の番と言えば、この世にたった一人しかいないというような印象を受けるだろう。
否。数値でいうと90%以上の相性の相手が運命の番だとしたら、なかなかそんな相手には恵まれないが、あくまでそれ以上の数値の人間は何人かは居るのだ。出会えるかはともかくとして、運命の番は、一人じゃない。
相性100%なら一人しかいないと言っても過言ではないかもしれないが、それは基本的にあり得ない話だ。
そして、70~80%程度の、俺と羽田のような相性の相手ならば、α、β、Ωのクラスに分かれている高校卒業までの期間でもってしても、根気強く探せば確実に出会えるラインだ。この学校には俺以外居なかったとしても、そこらじゅうのΩを集めれば俺を含めて2、3人は出るはずだ。運命の番ですらこの世に数人は居るのに、70~80%の相性の人間なんか、探せば大勢ではなくともいる。早い話、相性のいい相手と付き合いたいとか、番になりたいとか言うのであれば、全くもって俺でなくてもいいのだ。
羽田が俺に執着している理由は、知っている。相性の良さと俺の見た目と、クラスでの立ち位置。おそらく羽田を完全に拒絶しきれないこの曖昧な態度すらも、羽田の執着の理由になりうるだろう。
「俺には、君しかいないよ」
羽田が言う。
本心だろう。有能な羽田に見合う、目立つ立ち位置の理想通りのΩ。羽田の中では俺はそうなのだろう。理想に執着するのは、悪いことじゃない。
「俺のこと好きなのは、羽田さんだけじゃないよ」
「わかってるよ。それでも君を俺のモノにしたい」
「無理だよ。俺は、たった一人が良い。運命の番とか相性がいいとか関係なく、俺を愛してくれるたった一人が良い」
木野崎。愛だの恋だの、その境界線は分からない。Ω同士には、Ωとαの間に流れる強い絆は存在しない。それでも俺の心を占めているのは木野崎だけだ。
「……俺も、相性のいい相手を好きになる気持ち、ちょっとはわかるよ。Ωだから。どうしたってαを求める面はあるかもしれない。それでも、運命の番や、相性のいい相手って、俺からしたらそいつじゃなくても良いんだ。一人じゃないんだ。俺は、たった一人に愛されて、愛したい。だから、羽田さんとは付き合えない。ごめんなさい」
「相性のいい相手ってのは、存外悪くないものだよ」
「知ってる。でも俺は、それを求めないΩだし、あんたは俺からしちゃ、他と同じαだ。特別じゃない」
「……俺は、君の特別には、なれなかった?」
「はい」
羽田が、これまで生きてきた人生の中で、どう恋愛をして、どんな風に好きな人と向き合ってきたのかは俺にはわからない。
αもΩもβも、クラス別に分かれて生きてきて、他バース間との恋愛なんて中高過ぎて初めてする人間も多いだろう。今までαと恋愛してきただろう羽田にとって好きになったΩは俺が初めてかはわからないが、羽田は俺に、失恋する。
彼が俺の言葉でどんな風に傷付いて、どんな思いをするのかは俺には皆目見当もつかない。
でも、それでいい。
「君に愛される相手は、幸せだろうね」
羽田はそう言い残して、去って行った。
俺の相手が、αでも、βでも、Ωでも。羽田から見れば、そうなのかもしれない。
もう俺達の所には、来ないだろう。
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