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第三章 第29話
補習期間が明けると、もう月を跨いでいた。
秋の暑さも生暖かいものに変化し、冬に向けて気温も天気も、変化していく。
木野崎は、俺のカラーの鍵をネックレスにして肌身離さず持っておくことにしたらしい。
チェーンに通して、チャリ、と音をさせながら首を振る木野崎に少しの色気を感じる。
「そういや、アーシも琉人みてーにずっとカラー付けとこうかな」
涼華が突然、思いついたように言った。
「なんで?セックスの時だけで良いんじゃないの?」
赤城の疑問に涼華は苦々し気な顔をする。
「それが、ヤるときに付けようとしたらアイツ、俺がいるのにカラーなんて付けんじゃねーとかいって怒り出してさ」
「うわあ……」
「オメーが噛む癖治しゃ付けねーよって喧嘩になって。もうどうせだから一日中付けといてやろうかなとか思ってさ」
「当てつけじゃん……彼氏、余計怒るんじゃないの」
怖がる俺と木野崎と赤城に「知らねーよそんなん」と答えた涼華はクルクルと長い髪を弄りながら不満そうに顔をしかめる。
「ちょうどうららがモデルのブランドのカラー、新しく買おうかと思ってたとこだったし。普段使いできる奴見に行く」
「涼華に似合うおすすめ、教えてあげる」
うららがちょっと嬉しそうな顔になり、いそいそとスマホで検索し始める。
「な、それ俺も付いて行っていい?」
涼華とうららに聞く。
「いいけど。アンタもう持ってんじゃん」
「見るだけ。うららの広告の店、行ってみたいし」
「じゃ、一緒行くか」
「うん!」
「おう」
カラーと言えば、俺は木野崎にカラーを買うつもりだった。だから本当は、見るだけでなくあげる物を購入するつもりだ。
「……あれ?俺達蚊帳の外?」
「……だな」
赤城と木野崎が二人して笑った。
放課後俺は、涼華とうららと共にショッピングモールへ出かけた。
放課後の時間帯とあって俺達と同じくらいの学生や、親子連れの客で場内はごった返している。
「2階の眼鏡屋の横のショップな」
涼華がスマホでマップを見ながら指示する。
「どーしよ……おしゃれな店なの?緊張してきた」
外面を気にする俺にうららが「制服でも大丈夫だよ」と声をかける。
エスカレーターに乗って2階へ上がり、エレベーター付近の眼鏡屋まで辿り着く。
その隣には、うららの写真が何枚も映っては切り替わる巨大スクリーンを両端に掲げた、カラーばかりがショーウィンドウにディスプレイされている店があった。
店内はおそらくΩばかりなのだろう。Ωと恋人であろうαも混じっているようだったが、まちまちの混み具合だ。
「……え?あれって……」
スクリーンを見たお客さんの一人がうららに気付いたようで、友達に耳打ちする。
「えっ、やばい、ホンモノじゃん!」
キャーっと騒がれながらも涼華とうららはマイペースにカラーを選んでいる。
「ラインストーンでデザインしてあるのもあるよ」
「いいじゃん」
俺はと言えば、二人に引っ付いてきょろきょろしているだけである。
俺のカラーはごくシンプルなものだが、この店はカラーの超大手ブランドということもあってデザインカラーが殆どだ。木野崎は、俺のカラーをどうやって見つけたのだろうか。見渡す限りでは、俺のようなシンプルなカラーはどこにもない。
「スマホでロック解除できる通信型のもあるの」
「えーっ、便利じゃん。そういうのも良いな」
「ちょっと高いけどね」
涼華とうららはどんどん店の中へ入っていく。
俺のものと同じようにシンプルだが、ラメが光っているデザインの物や、ヘビメタスタイルとでもいうのか、三角スタッズが等間隔に付けられた凶暴な犬に付けられていそうなカラーまである。
ふと目線をあげると、シンプルだがデザインの施してあるカラーが目に入る。
二本のラインが平行に描かれ、鍵穴の真ん中の部分には大きな円と、その中に塗りつぶされた円があるカラーだ。
ディスプレイ下に銀色の棒に引っ掛けて並んでいる在庫から同じものを手に取る。
「琉人?なんか買うわけ?」
俺の様子を見た涼華が俺に近寄る。
「うん……コレ」
「いいじゃん。アンタが使うの?」
「いや……木野崎」
「光輝?なんで」
「これのお礼」
俺は自分のカラーを引っ張って見せる。
「なる。いーんじゃね」
涼華はカラーを見て、少し考えて同意する。
木野崎に似合うかどうか、考えてくれたのだろう。
「涼華、これどう?」
涼華の元へうららがカラーを持ってくる。
アゲハ蝶の模様とブランド名があしらわれた、洗礼された大人っぽいデザイン。
「え、チョーいいじゃん。これにしてーんだけど」
涼華も喜んで首にあてて見せる。
レジに並ぶと、うららの存在に気付いた店員さんたちがザワッと色めき立った。
「うちのモデルをしてくださっている、うららさんですよね?」
「あっ……はい」
「いつもお世話になっております。お買い上げありがとうございます」
「あっ……いえ……」
「……そちらの方は……モデル仲間の方ですか?」
店員さんが俺を示す。
「友達です。彼もここのカラーを気に入ってくれて……」
「まぁ!嬉しいです。本日は誠にありがとうございます。これからも当ブランドをよろしくお願い致しますね。またお越しくださいませ」
涼華も俺も会計を済ませ、うららに連れ立って店外へ足を運ぶ。
レジから店先まで付いて背後で礼をしてくれている店員さんたちに、うららは焦ったようにペコペコと礼をし返す。
「気付かれるなんて、思わなかった……」
カァーッと顔を赤くするうららに、涼華が「いや、気付くっしょ」とニヤニヤしながら肩をぶつけた。
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