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第三章 第32話

「あ、委員長」  ドアを開けると、俺達Ωクラスの委員長がちょうど到着したところだった。  委員長は、赤城よりも少し背が高い長身の男Ωだ。フレームのついた眼鏡をかけていて、物静かで、いかにも勉強ができそうな感じだ。実際、この高校では、1年は中学の内申のトップが委員長になるらしいから、見た目通りという感じである。 「……君たちは?」 「準備の手伝い。俺らもやるよ。機材職員室だって」 「わかった。助かるよ。ありがとう」  職員室では、プロジェクターやノートパソコンや配線、キャスター付きの小さなテーブルを運ぶように指示された。  4人で手分けして運び、講堂に着いた。 「木野崎、ドア開けて」 「いや、俺テーブルで両手塞がってんの見えてるよな!?」 「大事なPCを落としたくないの……」 「可愛い子ぶってんじゃねー!!」 「待って、私が明けるから」  配線を抱えていたうららが腕いっぱいに抱えたまま両手でドアを開ける。  葛飾と京本が、ステージの脇に教卓を運んでいるのが見えた。  そばに寄って行ってテーブルや、PCやプロジェクターを一斉に下ろす。 「プロジェクターは、スクリーンの前だ。それ以外はここでいい」  京本の指示通りに動き、マイクやPCを教卓の上に広げ、配線を繋げていく。 「コンセントって、どこ?」 「あっち、あ、そこそこ」  コンセントを探すうららに向けて壁の隅を指差す。 「ふーっ、ひと段落って感じか」  ステージから足をぶら下げて床に座り込む。 「委員長も、コンセント繋いだ?」 「ああ。これでいけるだろう」  そう言ってプロジェクターを担当していた委員長が俺達の元へ向かってきた時だった。 「うあっ……」 「ぐっ……」  葛飾と京本がうめき声を上げた。 「……んだコレ」  京本が口と鼻を掌で覆って俺達を睨む。 「甘い……Ωの、フェロモンが」  葛飾が腕で鼻を覆いながら呟く。  Ωの、フェロモン。  俺たちは目を見開いた。 「ッヒート……」  うららを見る。  うららは、初ヒートがまだだったはずだ。  ヒートが来る予感もまだ感じ取ることができない。  それに、定期的なヒートと違って、初ヒートはいつどこで発症するかわからないのだ。 「うららっ……」 「お前か」 「キャッ」  葛飾がうららの腕を掴み、教卓に押し倒す。 「おいッやめろ!」  俺は咄嗟に葛飾をうららから引き離そうとするが、びくともしない。  αの力は、Ωよりも数段強い。  力では、αに敵わない。 「カラー……こんなもん、付けやがって……」  葛飾がうららの首に口を寄せる。  噛みたくて、仕方が無いのだろう。 「や、やだっ」  うららの目が涙で潤っていく。  多分、葛飾も京本も、Ωのヒートを目の当たりにしたのは初めてだったのだろう。  それでなくとも俺たちは、保育園や幼稚園の頃からα、β、Ωのクラスに分けて育てられる。  バースの垣根を越えて交流するようになる年頃には、大抵のΩは初ヒートを終えていて、ヒートの時には休暇を取ってαの前から姿を消す生活を送っている。  αの前でヒートになるΩなんか、滅多に居ないのだ。  しかし、おかしい。  何かが違う。小さな違和感が胸の奥につっかえる。 「……いや、ちがう。これ、うららのフェロモンじゃねぇ」  俺の口からこぼれた言葉を、京本が聞き取った。 「っ委員長……!」  そうだ。これは、委員長のフェロモンだ。  探した時には、委員長は逃げ出していた。  初めてのヒートに息を荒げながら、講堂の入り口に向かって、こけてはヨタヨタと走っていく。  委員長の後を追いかけようとした京本を木野崎が捕まえた。 「行かせねーよ」 「離せ!Ωが、逃げるだろうがっ」  京本が腕を振りほどこうとするが、木野崎はなぜか互角に張り合っている。  前から運動神経が良いだけでなく若干怪力だとは思っていたが、まさかαと同等の力を持っているとは。 「葛飾!うららから、離れろ……!」  俺は全身で葛飾にぶつかり、ドッと葛飾を押し倒す。  葛飾の拘束を解かれたうららがその場にへたり込んだ。

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