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第三章 第34話
初ヒートを終えて翌週学校に来た委員長は、あの日は付けていなかったカラーを首に付けていた。
「委員長っ……」
俺と木野崎は委員長に駆け寄る。
「お前、大丈夫だったかよ」
委員長は、いつも通りの平坦な声色で「ああ……」と答えた。
「春崎と篠原が探したけど、どこにもいなかったって」
「……君たちには悪かった。僕のヒートが突然始まったばっかりに、君たちのことも巻き込んだ。そのうえ僕は、一人で逃げた」
謝る委員長に、俺は重ねて言う。
「んなことどうだっていいよ。委員長が無事だったなら……無事だったんだよな?」
「……」
「委員長?」
「僕は、αに犯されて……」
「どいつ?」
木野崎の鋭い声が委員長に問いかけた。
「何年のαの、どいつだよ」
「……知って、どうするつもりだ」
委員長の平坦な声に、木野崎が怒る。
「んなもん、捕まえて教師に突き出すに決まってんだろ!犯されたって、逃げたあの後、他のαに捕まってヤられたってことだろ。レイプだろうが!」
「……彼はもう教師たちに見放されているから、今更教師に突き出したところでどうともならないよ」
「は?なんだそれ。学年は?」
「1年」
木野崎が委員長の腕を引っ張ってαクラスへとつかつかと歩いていく。
「どいつだ」
突然Ωが現れたことでαクラス全体がざわめく。
俺は西条さんが居ないか確認する。
西条さんは、友達と一緒に勉強しているようだった。
葛飾と京本は、どこへ行っているのか、教室からは姿を消していた。
「窓際の……」
委員長が目線で窓際を示す。
そこにはいつぞやの、不良グループが固まっていた。
「げっ、涼華の彼氏……」
もちろん涼華の彼氏もその中の一員だ。
「金髪の、彼だよ」
委員長が言うと同時に、輪の中でもつまらなそうに澄ましていた金髪の、センターパートにツーブロックの男がこちらへ寄ってきた。
「よぉ、委員長君」
金髪の口元がゆらりと弧を描く。
委員長は、黙ったままだ。
ふと、金髪が委員長の首元に視線を移す。
「……んだそれ。意味ねーだろ。今更」
金髪が委員長の首元へと手を伸ばす。
カラーを後ろへと、ぐいっと引っ張った。
カラーの隙間から、委員長のうなじが見える。
黙ったままの委員長の肩が、ぶるりと震えた。
「噛み痕……」
俺は呟く。
「てめえっ」
木野崎が金髪の胸倉をつかみ上げる。
「レイプしといて、番契約なんざ、頭湧いてんのか!まだ、高一だぞ!Ωの番契約を、なんだと思ってやがる!」
「α集団に捕まってマワされなかっただけマシだろうが。感謝しろよ」
金髪が不快そうに木野崎の腕を振りほどく。
「噛み痕隠すために、そんなもん付けてんのか。……外せよ。鍵、持ってるよな」
委員長の耳元に、金髪が顔を寄せる。
「ヒートは終わったのか。でもまだ、できるよな?」
「っは……」
委員長が息を詰める。
「行くぞ」
歩き出す金髪に委員長はフラフラと付いて行く。
「待て」
俺は委員長の腕を掴む。
「そいつなんだよな?じゃあ、そいつが委員長のことレイプしたって、先生に言う」
「アホか」
金髪がフンと鼻で笑う。
「Ωは一人としか番契約できないだろうが、俺は外でいくらでも番を作れる。俺を追い出しても、困るのは一人残されたこいつだ。それでもいいんなら、勝手にしろ」
委員長の肩に金髪が腕を回す。
「わかったら手、放せよ」
委員長の腕を掴んでいた俺の手を引きはがした。
「待て。どこに連れて行く気だよ」
制止する木野崎に金髪は冷ややかな表情で応答する。
「どこでもいいだろ。……合鍵は俺らが持ってっから、お前らは入れねぇよ。せいぜい委員長君が壊れないよう祈っとけ。マワしゃしねーよ。ヤりてー時にヤるだけだ」
「ざけんなっ」
「黙れ」
相手を射殺すような目線で、金髪が木野崎を威嚇する。
αの威嚇だ。俺達は怯む。
「お前らはΩクラスにでも戻ってお仲間に慰めてもらえ。こいつは俺のΩだ。俺の好きなようにする」
そう言って金髪は委員長を連れて去って行く。
委員長は、1限目も2限目も、戻ってこなかった。
「号令ー……オイ委員長は?」
教師のセリフに教室はしんとする。
委員長は、あれから何度も授業を休むようになっていた。
俺と木野崎には、あの金髪が委員長を連れ出しているんだとわかるが、どうにもできない。
正直に言って腹が立ってしょうがないが、俺達の勝手で委員長から番を取り上げるわけにもいかない。
「あー……なんでもいいが、お前らΩクラスに休暇制度があるっつっても補習ありきのもんだし、現実問題出席厳しいから授業には出るように誰か言っとけ」
教師が教室から去って行く。
委員長は気が付けばいつの間にか戻ってきていて、クラスメイト達に口々に心配されていた。
「委員長」
数日経って、昼休みになってもどこかへ消えてしまう委員長をやっとの思いで捕まえる。
「アイツに呼び出されてんだろ。出席日数とか、大丈夫なのかよ」
「今日も朝のHRいなかっただろ」
口うるさい俺と木野崎に、委員長は平坦な口調で答える。
「……授業中はやめてほしいと言ったら、時間を変えてくれるようになった。問題ない」
「……番の関係に他人が口出しすんのは野暮だってわかってるよ。お前がそれでいいんなら、俺らはなんも言えねぇ」
「でもなんかあったら、俺達に頼れ。お前らのこと、他の誰にも喋ったりしてねぇよ」
「……ありがとう。言わないでいてくれるのは、助かる」
委員長の腕に縛られたような赤い痕が残っているのに気づく。
気付いたことに気付かれたのか、委員長はさっと腕を隠した。
「とにかく僕は、大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
委員長は、いつでも淡々としていた。
「相浦」
「なんだ」
「俺は、あんな風には絶対ならねぇ。お前のこと、大事にする」
木野崎がまっすぐな目線で俺を見据える。
「当然だろ」
俺は木野崎のほっぺたをつねった。
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