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第四章 第40話

 うららは、講堂で葛飾に襲われた日から、恐怖でカラーが外せなくなったと言った。  容姿の良いΩで、そのうえ初ヒートがいつ来るかもわからないとなれば、カラーは外すべきではない。 無意識のうちにカラーを外すのが怖いと思ってしまうのだと弱音を吐いた。 「でも、そんな私でも起用したいって監督が言ってくれたみたいで」  ドラマのオーディションに合格したのだという。  普通、新人女優といえば、舞台や映画、インターネットテレビ局のリアリティ番組などの場数を踏んで、それからドラマに出演するようになるイメージがあるが、うららは地上波ドラマに直通合格したらしい。 「Ωの役だから、カラーを外さなくても良いって」 「良かったじゃん~!!」  赤城が自分のことのように喜んだ。 「でも、モデルは?モデルの時は、カラー外さねぇとどうにもなんねぇだろ」  木野崎がうららの顔を覗き込む。 「うん……ドラマの宣伝が始まったら、雑誌に載る機会も増えるはずだし、カラーは外さなきゃいけないってマネージャーさんにも言われちゃった」  うららは物憂げに目を伏せる。  涼華は講堂の件の事情を詳しくは知らないが、うららを支えるようにして隣に座っている。  カラーのブランドには、ドラマにブランドのカラーを付けて出れば宣伝になるからと喜ばれたらしい。  しかし、トラウマであれもできない、これもできないでは済まされない仕事だ。求められるなら、たとえ怖くてもカラーを外さなければならない。その場にαが居たとしてもだ。  俺は、うちに遊びに来た木野崎を部屋にあげて、引き出しの中の名刺の山を取り出した。この名刺は、全部スカウトマンから貰ったものだった。  幼少の頃は、芸能の道にスカウトされても名刺なんかすぐに捨ててしまっていた。  物心ついて自分でものを考えだしてからは、顔が良くても身長もなく、ガタイも良くない自分では生きて行けない世界だろうと思いまた名刺なんて捨てていた。  しかし高校に入ったあたりから、将来の選択肢も残しておいた方が良いと、名刺を残すようになったのだ。  もちろん、もう潰れてしまった会社や、名前も聞いたこともないような会社の名刺も沢山ある。 「うららの会社の名刺が無いか、探す。手伝え」  俺はそう言って木野崎の前に名刺を積み上げた。 「うららの会社って……超大手じゃん。そんなとこからスカウトなんて、されてんの?」  木野崎の心配も、頷ける。  大手の芸能プロダクションは、スカウトに頼らずとも、大物と呼べる逸材が自分からオーディションを受けにやって来る。だからスカウトの打数も、少ないのだ。スカウトされても、あくまでタレント予備軍へのスカウトだったり、芸能事務所が保有する育成所へのスカウトだったり、これから開催されるオーディションへの勧誘だったり。正式なタレントへスカウトされても、その事務所には1000人近く所属タレントが居て、活躍できるのはその中のごく一部だけ……なんてパターンも存在する。  うららは一発でドラマの出演を勝ち取ったが、事務所の規模からしてバックに会社があるからオーディションに通ったのだろうこともなんとなく、察せる。  俺は、葛飾の父親の件で、父親よりも絶対にデカい人間になってやると決めていた。  世の中の物ごとに大きい小さいなんてことはないが、芸能人になって有名になれば、嫌でも、父親よりも大きな存在だと知らしめることができる。そう思った。  そんな折に、うららのトラウマが発覚した。  うららの会社に俺が所属すれば、そばで支えることもできるのではないか。  同じ事務所に所属したからと言って、うららと同じ仕事ができるわけではない。だが、何より、知らない人たちの前でカラーを外すよりも、俺のような友達が傍に居るだけでも安心できるんじゃないかと、思ったのだ。 「うららと同じ事務所に俺が受かれば、一緒に居てやれるかもしんねー。カラー外すのだって、俺らが一緒に居るほうが心強いだろ」  そう言って俺は、名刺の山を確認し始めた。 「あっ、あった。これも、これも。なんだ、何回もスカウトされてんじゃん」  暫くして、木野崎が何枚か名刺を手に、顔を上げた。  俺は、うららの事務所に何度もスカウトされていたらしい。  と言っても、いつの時期かわからないし、スカウトした側はスカウトした相手のことなんかいちいち覚えていないだろうから、連絡するにしてもやりようを考えなければいけない。 「うららの友達だって、正直に言っちまうか」  そういう俺に、木野崎が笑う。 「芸能事務所に、コネ入社かよっ」

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