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第四章 第42話
「木野崎、行くぞ」
「……いやそれ、俺、付いて行っていいの?」
木野崎が呆れたように聞いた。
「お前は、Ωなのにαと同じぐらい強えぇだろ。俺の、ボディーガードだ」
「恋人だろ。……てか、本気でαとやり合ったことなんかねーから力なんてわからねーし」
「講堂で、京本とやり合ってたろ」
「京本は、まだ高一だろ。ガキと大人じゃちげーよ」
乗り気でなさそうな木野崎を、無理矢理一緒に連れて行く。
電車に乗って、その先会社までは歩いて行った。
「なぁ、本当に俺、帰った方が良くない?関係者以外立ち入り禁止とかじゃないの?」
「お前は俺の関係者じゃん」
「そういうことじゃねえよッ」
尻込みする木野崎の首根っこをがしっと掴む。帰ろうとするのを引きずって連れて行った。
エントランスに着き、電話で担当の女性と連絡を取る。
暫くすると、30代ぐらいの女の人が入り口まで俺達を迎えに来た。
「相浦琉人です」
「琉人君、よろしくね。今度からマネージャーになる高牧と言います。そっちの彼は?」
「俺のボディーガードです」
「ぼ、ボディーガード?」
高牧さんは驚いたように木野崎を見る。一瞬追い返されるかと思ったが、意外にもすんなりと受け入れてくれた。
エレベーターに乗って、その後個室に通された。
横長のテーブルが四角形に配置してあり、キャスター付きの椅子が並んでいる。
「琉人君の特技は……まぁいいわ。横の彼は、何かできるの?」
「木野崎です。リンゴ片手で潰すぐらいなら、できます」
「嘘っ。凄いじゃない。……でもセット売りは、もう決まってんのよね」
よくわからない呟きを残す高牧さん。
俺は木野崎に、「ゴリラじゃん、お前」と感想を口にした。
3人揃って席に掛けると、高牧さんが話し出した。
「改めて、マネージャーになった高牧と言います。βです。私はうららのマネージャーも兼任してて、うららとも琉人君とも頻繁にやり取りすることになってます」
ほお、と、俺か木野崎どちらともなく、息を吐き出した。
「琉人君は、セット売り……ってわかるかな。要はうららと一緒に、奇跡の美男美女カップルとして、売り出すことになりました」
「……言えてるな」
木野崎が、俺を見て言った。
カップルと言っても、恋人同士としてというわけじゃない。あくまで男女の組み合わせとして、そういう名称になっているだけだろう。俺とうららが仲が良いことを利用して、仲の良い者同士の絡みを求めるファンに向けて売り出すのだ。
「まずは宣材写真の撮影、それからオーディションを受けたり、うちの会社が営業をかけて琉人君に持ってきた仕事をこなしてもらうことになります。……まぁ仕事が取れるまでは、暇だから。いつも通りの生活を送ってもらって構わないわ」
「はい」
「それから、うららのカラーのことだけど……。君たちなら何とか、できるかな?そのことがあって、私が琉人君の担当になったの」
高牧さんが、俺の表情を伺う。
「うららがαに襲われたとき……俺たちが一緒に居たんです」
そう話した俺に、高牧さんが目を見開く。
「ちゃんと助けて、やれなかった。セット売りで一緒に居られるようになったら、カラーを外す時も見守ってやれる。それに、こいつ……木野崎は、並みのαと同じくらいには、強いから。一緒に居れば、心強い」
「木野崎君の、バース性はΩ?」
「はい。Ωです」
木野崎のカラーを見て、高牧さんが聞く。
木野崎がまっすぐに答えた。
高牧さんは、また驚いたようで木野崎を凝視する。
「Ωなのに、強いのね。ところで木野崎君は、現場にも付いてくるつもり?」
高牧さんが木野崎を見る。
「俺、一人じゃ何もできないんで。どこ行くにも誰か友達と一緒じゃないと駄目なんです」
木野崎が答える前に、俺は平気で嘘を並べ立てた。
「……まぁ芸能人の中にも、そういうタイプは一定数居るわ。2面性があって仕事が始まるとスイッチがオンになるけど、オフじゃダメダメで常に誰かに頼らないと生きて行けないような人とか。個人で仕事の取り合いや知名度争いを繰り広げる孤独な職業だから、精神的に歪みやすいのよ。そういう人は、マネージャーと片時も離れられなかったり……。私は兼任マネージャーだから一人にべったり付いてるわけにはいかないのよね。
ちょうど良かった。お給料は出ないけど、マネージャー助手として木野崎君が琉人君に付いてくれない?もちろん守秘義務は守ってもらうし、内部のリークなんかも絶対にしちゃ駄目だけどね。軽食の用意なんかは、私が前もってお金を渡すわよ」
高牧さんの提案に、木野崎は最初は、驚いたようだった。
俺も、驚いた。無償労働にはなるが、それでもこんないい話は、中々ない。
「わかりました」
木野崎の代わりに、俺が返事をした。
これで仕事の時でも一緒に居られるのだ。
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