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第四章 第43話
「そして、仕事だけど……。琉人君はΩの特性上、俳優やモデルはできるけど、アイドルみたいにライブ会場を抑えてその日程期間に必ず参加しくちゃいけない職業は向いてないのね。ヒートがあるから。もちろん俳優やモデルでも仕事に穴開けることはできないし、遅刻なんかももってのほかだけど、ドラマや映画撮影は想定の期間より撮影期間が長くなることもあるし、出番によっては撮影順序を変えられるから、そっちの方が向いてるのよ。モデルは、体調不良やヒートで出られないとなれば他のモデルが代打で出ることになるわ。この業界取って代わる存在なんて大量に居るから、そこはシビアなのよ。代打がきっかけでブレイクなんてこともあるしね。だからヒート期間の管理をしっかりしてスケジュールを組むわ」
「なるほど……」
考えてみれば、普通の会社員にはΩは休暇制度があるが、芸能の仕事ではヒートは邪魔だろう。
「番が居れば、琉人君のフェロモンは番以外に効かなくなるから、無理して仕事に出てもらうこともできるんだけど……」
「俺は、番は作りません」
高牧さんの目を見て、ハッキリと伝えておく。
俺の恋人は、Ωの木野崎だ。これから先、Ω同士の俺達は番になることはできないし、ヒート中はお互いにフェロモンを周囲に捲き散らしたまま過ごしていかなければならない。つまり、ヒート中は仕事なんかせず、家にこもっていなければならない。
「そうなのね。わかったわ。じゃあとりあえず、話は以上になります。Ωタレント専用のヒート期間の管理ツールがあるから、今度来た時に一緒に入力しましょう。宣材写真の撮影の日程は、また連絡するわね」
「はい」
宣材写真は、カラーを付けたまま撮影することになった。
うららも雑誌インタビューなどでカラーを付けたまま活動しているので、コンビになる予定の俺もカラーを付けていた方がニコイチ感が出て良いらしい。
「高牧さんから連絡来た」
木野崎が俺に伝えてくる。
木野崎は、高牧さんと連絡先を交換し、俺のことについて連絡を取り合っているようだった。俺と高牧さんと木野崎の三人のメッセージグループもあるが、高牧さんは木野崎に連絡を寄越す。
撮影場所は会社の撮影フロアだった。
うちの会社はビル一棟丸々会社の物らしく、レッスン室や撮影フロア、音楽ブースなどもビル内に設備が揃っている。
俺は木野崎に連れられて撮影場所まで辿り着く。
「衣装着替えてきてね」
高牧さんが俺に指示した。
俺はスタイリストの人が用意してくれた衣装に着替える。
メイクとヘアメイクの人が着替えて、椅子に座った俺の頭に手を加えていく。
「じゃ、まずはちょっとずつ慣れて行こうか」
カメラマンの言葉を合図に、撮影が始まった。
「ふわっとした表情でこっち、見てみて」
ふわっとした表情って、なんだ。俺は困惑するが、とりあえず顎を上げてふわっとしたようなしてないような目線を送る。
「台に足乗せて。挑発するような目線ちょうだい」
だから、挑発するような目線って、なんだよ。他人を挑発したことなんてねぇから、わかんねぇよ。
取り敢えずカメラマンの言う通りにするが、弱音が胸の中に一杯、広がっていく。
安心したくて視界の中に木野崎を探すが、着替えの隙に高牧さんに何か頼まれでもしたのか、出て行っていて見つからない。
「じゃ、自由にポーズ取ってみて」
ポ、ポーズ。そんなの、人生で一回もやったことがない。
「……まだ難しいか。じゃ、足クロスして。目線こっちだよ。こっち見て。笑って。良いね」
カメラマンからポンポン飛び出す言葉に乗せられて、ニコリと微笑めば、カメラマンは感嘆の息を漏らした。
笑うだけなら、俺にでもできる。
数々のΩの子たちを落としてきた悩殺スマイルを、披露する。
「良いね。まだ青いって感じ」
どういう意味かは分からないが、そう言って笑われた。
その後も、カメラマンの指示に従ってポーズを取ったり、表情を変えていく。
撮影が終わると、木野崎が水のペットボトルを持って俺のところにやってきた。
「高牧さんに、お使いさせられた。つっても自動販売機までだけど」
なるほど、それで居なかったのか。
俺は「サンキュ」と礼を言ってペットボトルの蓋をパキリと開ける。
自分でも気づかなかったが、俺はどうやら緊張していたらしい。乾いた喉に冷たい水はよく沁みた。ゴッゴッと一気に半分ほど、飲み干した。
「お疲れさま、琉人。今日は上がりでいいわよ。でも写真をどれにするか、本人の意見も聞きたいからちょっとだけ一緒に見て」
高牧さんが俺を励ました。高牧さんのタレントになってから、俺のことは呼び捨てになった。
PCでさっき取ったばかりの写真を見て行って、「これと、これと……」俺は自分でも納得のいく顔をしている自分の写真を選ぶ。
「OK。じゃ、終了です。お疲れさまでした」
「お疲れ様です」
俺は木野崎と一緒に帰っていく。
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