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第四章 第44話
「お前、一人で大人になっちゃったな」
ふいに木野崎が、そう呟いた。
俺には何のことか、わからない。しかし少し考えて、納得する。
うららがカラーのモデルとしてデビューしたとき、俺達は同じことを思った。それと同じ気持ちを今、木野崎は一人で抱えているのだろう。
「お前とはずっと一緒じゃん。マネージャー助手君」
俺は木野崎に横からドッとぶつかる。
「……それでも、焦る」
木野崎が俺にぶつかり返してくる。
「将来、マネージャーに就職してみれば」
俺と一緒に居るために。
そういう意味で聞いてみると、木野崎は「いいや」と首を振った。
「今は、この立ち位置が一番良い。どこに出かけんのも、デートみたいなもんだ。でも、本物のマネージャーは、お前の担当になるとは限らないだろ。一度担当になったって、ずっと同じタレントを担当できるわけじゃない。俺は、本当の意味でお前と一緒に居られる方法を探す」
「……ずっと一緒に、いられるか?」
俺は、小さく零す。男の、Ω同士。18歳を越えたら、結婚すりゃいい。男のΩ同士だから、子供だってできる。でも将来俺達が一体どこで何をしているか、見当もつかない。ただ今まで通りに、隣の席の、同じグループの友達兼恋人としてなら、迷わずずっと一緒に居られると思っただろう。俺が、世界を広げてしまった。
「いるよ。俺はな。お前を放してやれない」
木野崎が俺を見つめる。また、熱を孕んだ、あの目だ。木野崎が俺を好きなんだとわかる、俺を安心させるこの目。
木野崎の家になだれ込んだ。服を脱がしあって、お互いの口を食むようにキスをする。
当然のようにヤる、セックス。お互いのカラーを外す。愛撫だけでなく、ナカも刺激しまくって、前もぐちゃぐちゃになるまで触って、木野崎はいつものようにおもちゃを使う。それでも木野崎自身のモノの方が、俺には効く。俺も、木野崎を抱く。木野崎の、挿れた衝撃でイく身体。これをいつか手放せるとは、自分でも思わない。
「CMのオーディションに行ってみようか」
高牧さんからの一言で、俺達は顔を見合わす。
「メンズ化粧品のCMなんだけど、キャスティングは向こうの案と、一応オーディションもやってくれるみたいよ」
ライバルは、制作側の仮キャスト。一応オーディションもやるが、世間には非公開のオーディション。スポーツ選手や、もう既に活躍している俳優たちがキャストのイメージ案として出ているから、オーディションを受けるだけ無駄骨の可能性が高いという。
「化粧品って言っても、スキンケアの類よ。スポーツ選手や俳優がライバルになるけど、化粧品のイメージに必要なのは、単純な美形だと私は思うの。
琉人は、顔だけ見れば、αじゃない?でも、全身で見れば、αなのか、美形の遺伝子を多く持つΩなのか、わからなくなってくるような神秘的な感覚に包まれる。ザ・美形。これが琉人の魅力よ。
琉人は、αのような男らしさもなければ、武骨な性格でもない。S級Ωの周囲を惑わせる魔性のような色気もないけれど、彫刻のように作られたあんたの見た目だけは、人を熱狂させる力がある。このオーディションも、どう転ぶかわからないわ」
高牧さんは、なぜか絶対の自信があるようだった。オーディションということは、一緒にオーディションを受けるタレントたちもライバルになるのに、仮キャストにばかり照準を絞って話してくる。
ただ話を聞くだけの俺達を置いてきぼりに、熱く語る。
確かに俺は、αの父親に物凄く似た、αみたいな顔のΩだ。顔だけなら、身長180㎝越えに見える。そう言われたこともある。実際は、170㎝ちょいだけど。自分の顔が良いことには、自信がある。
「わかりました。受けてみます」
結果を言うと、俺はオーディションに落ちた。結局CMに起用されることになったのは有名なスポーツ選手。しなやかに隆起する筋肉や、最大火力で発揮される洗礼された無駄のない動き。そういう“動”の魅力が俺には無いのだと、高牧さんに言われた。
「でも、驚かないで、よく聞きなさい」
高牧さんが溜めて溜めて、俺達の前で拍手しだした。
「オーディションを受けた化粧品と同じブランドの、別シリーズの化粧品。これのCMに、琉人が抜擢されました~!」
制作陣が前受けたオーディションのスタッフと一緒なのだという。オーディションで俺に目を付けた制作会社から、直接オファーが来たとか。今度はスキンケアではなく、ファンデーションや化粧下地などのベースメイクに関するCMらしい。
「といっても、出演するのは琉人だけじゃなくて、別の事務所の俳優二人と一緒なんだけどね。……名前、聞いたことあるでしょ?」
そう言って聞かされたのは、よくドラマやCMで見る俳優の名前。
「あんた一人新人になるけど、頑張ってね」
放課後、撮影現場に木野崎と向かう。
俺はと言えば、前日に木野崎に無理されたせいで、ちょっと身体にガタが来ている。
木野崎がおもちゃも使う上に、俺達は抱く側、抱かれる側、片方では終わらない。だからヤり出すと絶対長くなる。
でもヤれて体が軽いのも、実感する。
「よろしくお願いします」
スタジオに入ると、もう現場にはスタッフや俳優たちも勢ぞろいしていた。ロケ地での撮影やアテレコは、別日。今日はスタジオだけだ。
俳優たちは、思ったよりも俺と身長差が無かった。全身でカメラに映る職業だから、高身長に錯覚するだけで、実際は俺と大差ないくらいの大きさだ。
木野崎はスタッフたちの後ろで、水分補給時のペットボトルを持って、俺をじっと見守っている。
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