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第四章 第45話
カメラを鏡に見立てて、目線をそらさずに、顔をするすると撫でる。
セットの中で、タオルを肩にかけシャワーを浴びた後のような格好をさせられて、鏡の前で商品を手に取る仕草を何度も繰り返し撮影する。
時々商品について「極上の質感」だの、「朝の仕上げは……」だの、セリフがある。
スーツを着てカメラに向かって襟を引っ張り、びしっと決めて見せる。
顔にクリームを塗って、スッと引き延ばす。
3人並んで、商品を手にポーズを取りながら商品名を決め顔で呼ぶ。
「君、発音が良いね」
撮影終了後、俳優の片方が俺に話しかけてきた。
「発音、ですか?」
「うん。俺達俳優は声優ほどの技術は求められないけど、セリフを視聴者に伝える仕事だから滑舌や発声、発音が命なんだよ。多分君も、これからドラマとか、出るんだろ。才能あるよ。また一緒に仕事できるといいね」
「はい。ありがとうございます」
俺は着替えて木野崎の所に戻る。
「何言われたの?」
「俺、才能あるらしい」
言われたことを端的に告げる。
発音が良いというのは、普段木野崎たちとバカ騒ぎして喋りまくっているからだろう。滑舌が良いとか、そんな風に自分を見たことはなかったが、自信にはなった。
CM撮影は回を重ね、一緒になった二人の俳優とは仲良くなった。
同じ化粧品シリーズの別商品のCMもこのメンツになるだろうからよろしくと言われた。
木野崎はといえば、完全にマネージャーとして働いている。
何かあれば高牧さんに電話しているようだが、車移動などがない限り高牧さんではなく木野崎が俺に付いている。
現場でも、まだ高校生なのに、新人マネージャーだと思われている。
CMの公開は半年後だそうだ。
俺たちは2年になっているだろう。
「うららのカラー、外せる?」
高牧さんが俺と木野崎に尋ねた。
「……わかりません」
正直に答える。
いくら俺達が友達とはいえ、トラウマの克服には時間がかかるだろう。
話を聞くと、雑誌の新人タレントを紹介するカラーページの仕事を、俺とうららのセットでいくつかもぎ取っているそうだ。よく言えばモデルの仕事だが、悪く言えば大手の事務所の新人ごり押し枠である。インタビューもあるらしい。
「2人で一つの仕事をこなすの。もうすぐ冬休みでしょ。仕事し放題よ」
「俺たちΩは、補習授業がありますけど……」
「それでも通常の登校期間より帰りは早いじゃない。休みの日も増えるし。うららのドラマも、冬休みに入ってからの撮影よ」
うららが出る予定のドラマは、学園もので、出演者に学生が多いことから撮影を延期して冬休みから始めるそうだ。
「うららのドラマの宣伝はまだだから、その前に君たち二人をセット売りしておこうってわけ」
俺とうららは、木野崎と共に3人での仕事が増えた。
赤城と涼華は、俺達の仕事が増えたことを喜んでくれた。
まだ公開前のものばかりで何がそんなに仕事になっているんだかわからないようだが、それでも発売されたら見ると言ってくれた。
「じゃあカラーなしで行きましょー」
ロケ地にて、カメラマンの指示が飛ぶ。
俺は木野崎を呼び、カラーの鍵を外してもらう。人前でも、自分では鍵は外さない。木野崎だけが俺のカラーを外せるのだ。
「……うらら」
鍵を手にギュッと握りしめたまま、動けないうららの肩に手を添える。
インタビューの記者はβだが、カメラマンはαだ。
αの前でカラーを外すということ自体が、怖いのだろう。
「何かあったら、俺が止めてやる」
木野崎がうららに言い聞かせるように言う。
「俺たちがいる。大丈夫だ」
俺も木野崎に同調する。
俺たちはΩだ。何かあっても止める力は、正直に言うと無い。木野崎が怪力なだけ、ぐらいだ。それでも友達と一緒ならカラーを外せるかもしれない。
「うららちゃん、どうかした?」
様子がおかしいことに気付いたカメラマンがこちらに寄ってくる。
「待ってください……近付かないで!」
今αに近寄られると困る。
俺は待ったをかける。
驚いたカメラマンがビタッと動きを止めた。
「うらら……深呼吸して。大丈夫……吸って……吐いて……」
木野崎の誘導に沿ってスー、ハー、と深呼吸したうららがカギ穴をカチッと回す。
「はっ……はっ……」
息が上がるうらら。
「な、大丈夫だったろ」
うららを安心させるように、木野崎がにやっと笑って俺とうららのカラーを手に引っ込んでいく。
それでもカメラマンの「こっち見て!」という言葉で、うららの目に怯えが宿った。
このカメラマンは、αだ。αが居るのに、カラーが無い。噛まれるかもしれない恐怖でうららの動きがぎこちなく固まる。
「うららちゃん、もっと笑って」
「は……はい……すみません……」
何度も謝って、撮影は長引き、しかしやっとのことでオーケーが出て撮影は終了した。
「私……カラー外すなんて、こんなに簡単なことだったのに……」
帰り道、カラーを手にうららはうつむいたままぼそぼそと言った。
「しょうがねえよ。初ヒートだって、まだなんだろ。これからも、必要な時だけ外せばいい。それまでは付けとくに越したことねえよ」
「αが怖いのは、俺達Ωの本能みたいなもんだ。あの講堂で、うららだけがあんな目に合った。自分を責めるな」
俺たちは口々に慰める。
うららは「ありがとう」と呟いて、またカラーを首に付けた。
委員長の時も、俺たちは役に立たなかった。
うららがカラーを外せたのだって、結局は本人の勇気だ。
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