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第五章 第53話

 仕事の日、木野崎は受験でいなかった。  その隙を縫ってか、百瀬がいつも以上に俺に話しかけてくる。 「飲み会行きません?」 「未成年なんで。同席するだけでも記者に撮られたら危ないし」 「えーそっか。でもこのドラマの打ち上げには来ますよね?」 「それは勿論……。端っこでジュース飲んで食ったりするだけですけど」 「いいっすねぇ~。俺ともメシ行きませんか?ホラ……お友達の。光輝君と一緒に」 「結構です」 「そーすか。そういや今日は光輝君、居ないんすね」 「今日はアイツ、入試だから」 「えっマジ。そんな時期、俺にもありましたよ。俺、今年大学卒業したばっかなんですけど、仕事で単位危うくてギリギリでしたよ。大学行くってことは、琉人君のお仕事にべったりついてるわけにはいかなくなるんすよね?」 「それは……」  その通りだ。  木野崎と俺は、別々の道を歩まねばならない。  ずっと一緒の高校生じゃない。  大学からはΩ、β、αのクラス分けが無くなる。つまりΩの補習授業も今まで通り当然のようには受けられなくなるわけで。大学には、通えるだけ通い詰めなければいけないだろう。俺に構っている暇などない。 「ね……琉人君」  百瀬が顔を近づけてくる。 「オンとオフ、差が激しいんでしょ?今までは光輝君がいたけど、光輝君が大学受かったら、これからはそうじゃなくなるんじゃないすか。そしたら俺に、甘えてくれてもいいんすよ」 「……現場が違うから無理でしょ」 「ツレない!」 「てかそれ、嘘だし」 「えっ。何が嘘?どの話のどれが嘘っすか?」  俺は無視して、百瀬と距離を取ろうと歩き出す。  すると逆に百瀬に腕を掴まれて、壁際まで追い詰められた。 「……ここロケ地ですよ」 「知ってるっすよ。でも琉人君があまりにもツレないもんで」  俺の首元に顔を近付けた百瀬が、スン、と匂いを嗅ぐ。 「琉人君のフェロモン、良い匂いっすね。……今はカラー、外さないんだ」  俺は本番以外はずっとカラーを身に着けている。  出番待ちや休憩時間などの短い時間でもだ。  百瀬が俺の首にかかっているチェーンに気が付いたようで、鍵を持ち上げられる。 「これ、カラーの鍵?こんな開けやすいとこに身に着けてたら危ないっしょ。……てか、何で二つ?」 「……触んなっ」  百瀬の手から鍵を奪い取り、睨む俺に百瀬が笑う。 「怖くねえよ。Ωだもんな。強気なのも可愛いだけ。……カラー、光輝君の代わりに俺が外してあげましょうか?ついでにうなじ噛ませて」 「いらねーよ。うなじも噛ませない。このドラマが終わったらあんたに会うこともない」 「ツレねーな。でも、俺の方は忘れられないっすよ。こんなエロくて可愛いΩのコンビ、初めて見たもん。他のαの番にされる前に俺のモンにする」 「……俺らは番なんて持ちません」  はっきりと、断っておく。  俺は木野崎と一緒にいる以上、一生番を作ることはない。  だから必要以上にカラーを付けたまま生活している。  百瀬の言うことは、一理ある。百瀬がたとえ俺達のことを諦めたとしても、Ωという性に生まれた以上、どうしたってαが寄ってくる。  αとΩは結ばれる関係にある。それがこの世界の常識だからだ。現に百瀬も俺たち二人共を自分の番にすると息巻いているが、俺達が付き合っていて百瀬なんか蚊帳の外だということには気が付いていない。 「ねえ、今までも俺みたいに寄ってくる虫、どうせいたんでしょ。だったら俺と遊んでみませんか。二人纏めて愛しますよ」 「……3Pとか、あんた本気で言ってたんですか」 「俺、遅漏の絶倫なんで。二人相手でもヨユーっす。二人ともグズグズにしてあげる」 「言っとくけどなんでもスキャンダルにされるこの業界で言い寄ってくる奴なんてそんなにいないですよ。アンタみたいにしつこいのもあんまりいない。あと、遊びでとかそういう関係、無理なんで。俺は俺のこと愛してくれる一人だけが良い」  そう言うと百瀬はちょっと面食らったような顔になった。 「案外、ロマンチスト?ま、いいや。今度光輝君も呼んでメシ行きましょ。俺の驕りで。警戒しなくてもなんもしませんよ」 「……わかりました」 「え!?やったー!!」  俺のオーケーが出て百瀬は喜んだ。  しかし俺は、百瀬に見せつけてやるつもりだった。  俺らの関係に、お前が入り込む余地などない。  3Pなんて口も叩けなくなるぐらい、見せつけてやる。

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