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第五章 第58話

 と、中に居た百瀬と中垣の視線がバチッと合う。 「……?」  俺は不審に思うが、両者一歩も譲らず、視線を逸らさない。 「……中垣さん?あんた、αっすよね」  百瀬が口火を切った。  αは、α同士でわかるのか、元々知り合いだったのか。俺たちΩはカラーを付けてるなどの目印が無いとバース性の判別などつかないが、百瀬と中垣はお互いをαだと認識している。 「……そうですけど」 「何のためにこんなとこ、来てんすか?」  心底嫌そうな顔で百瀬が質問する。 「ただの挨拶です。そちらこそどんな御用で?」 「俺はこの二人とは親密な間柄なんで」  勘違いされそうな言い方ではあるが、嘘ではない。  秘密を共有し、困ったときは助けてくれると約束した仲だ。 「親密な……?」 「ええ」  今度は中垣の顔が嫌そうに歪む。 「嘘ですよね。相浦さん」 「いや、嘘では……」  否定しようとした俺に、中垣がツカツカと近寄ってきた。 「相浦琉人……あんたは、まっさらで美しくて、誰のものにもならない。彫刻みてーな顔で、誰にも惑わされずにこっちを見つめてるんだ」 「あ、あの……中垣さん?」 「誰かのものになるなら、俺の元に来るべきだ。俺ほどあんたを思ってる奴は居ない。モノクロの紙面も鮮やかに染め上げて、吸い込まれそうな瞳で俺を誘惑する……俺のΩ!」  もしかしたらこいつ、ガチ恋のファンチだ。  まさか俺にこんな強烈なファンが、しかも同じ業界にいるとは思いもしなかった。  ガチ恋というのは、芸能人みたいな恋愛対象として認められない間柄の推しに恋愛感情を抱くファンのことだ。ファンチは、ファンかつアンチのこと。  おそらくこいつ、中垣は俺が自分のものだという妄想にとらわれて周りが見えなくなっている。  俺のことが好きで、俺は誰のものにもならないんだという理想を信じることで、俺が中垣のものではないという事実から目を逸らして何とかバランスを保っている。  そこに親し気にする百瀬が現れたもんだから、爆発したんだ。 「中垣さん……俺達まだ2回しか会ったこともないし」 「俺は、ずっとずっとあんたを見てましたよ」 「痛……」  宥めようとした俺の手を中垣がぎゅっと握る。  αの力で力いっぱい握られるから、ギリギリと締め上げられて手が痛い。 「俺……あんたに憧れて、いつか会えるかもしれないってこの世界に入ってきた。やっと念願叶って、これからって時に他のαに取られるなんて……。あんたは誰のものにもならないまま今まで過ごしてきて、やっと出会った俺と付き合うんじゃ、ないんですか。きっと、運命の番で……」  中垣の妄想の垂れ流しが止まらない。  どんな奇跡のメロドラマを想像しているのかわからないが、俺はその期待には確実に沿えないだろう。  俺は誰のものにもならないどころかこの世界に足を踏み入れた時には既に木野崎と付き合っていたし、こいつの言うようにαを誘惑するような目で見たこともない。中垣の運命の番でもないだろう。

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