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第五章 第59話

「あんた目、腐ってんすか?」  百瀬が俺から中垣を引き離した。 「この人たちの首についてるカラー、見えてねえのかよ」 「か、カラー……」  中垣が俺の首を見る。 「カラー付けてるってことは、処女なんだ。番のαも、居ない証拠」  不気味に笑って中垣がそう言うのを、百瀬が鼻で笑って撥ね退けた。 「逆だっつってんですよ。首輪付きのΩ。もう相手がいるって、わかんないっすか?」  百瀬は俺と木野崎を片腕ずつに抱きしめて、中垣を睨む。 「この人らは、俺のΩなんで。首輪ついてんの、わかるだろ。オメーみたいな中途半端なαが奪えると思うなよ」  Ωに噛み痕を付けるための、白くて鋭い歯。  鋭い眼光。  “強いα”の、本気の威嚇。  勿論、百瀬が本気で俺達のことを自分のものだと主張しているわけではないことぐらい、この状況なら理解できる。 「なッ……う、嘘だ!嘘ですよね、相浦さんっ」  睨む百瀬を睨み返し、慌てて俺の方を見る中垣に、俺は木野崎と目を合わせた。 「た……竜彦」  俺は百瀬に縋って見せた。 「も、百瀬さん」  木野崎もそれに習う。  百瀬の名前を呼び、抱きしめられるままにギュッと百瀬に身を寄せる。  まるで自分たちが百瀬のΩであるかのように振る舞う。 「大丈夫っすよ。俺が守ります」  百瀬が俺達の頭を撫でる。 「……帰れよ。二度と近寄るんじゃねえぞ」 「あ……あっ……そんなッ……ううっうわああ」  百瀬が低い声で威嚇すると、中垣はダッと部屋から出て行った。 「百瀬さん、ありがとね」 「いえいえ。つーか琉人君、俺の名前知ってたんですね」 「仮にも元共演者なんで……」  ふーっと一息つく俺と百瀬。  木野崎は、なんだか複雑な表情をして百瀬を見ている。 「光輝君も、怖かったっすよね?」 「俺は、別に……。狙われてたの、相浦だし。てか、相浦になんかあったら俺が守ろうと思ってたのに。結局、αの百瀬さんに頼って……なんか、すみませんでした」 「αにできることはαがやればいいんすよ。気にしねーで」  百瀬が木野崎の頭を撫でた。 「百瀬さん、もうすぐ出番です。百瀬さん!?どこ!?」  廊下から百瀬のマネージャーの声が聞こえる。 「じゃあ俺は行きます。またあいつが来たら俺のこと呼んでください」 「ありがとう。行ってらっしゃい」  行ってきますっと元気よく百瀬は収録のスタンバイに行った。  それから中垣が俺の元に来ることはなかった。  理想と、現実。  昔木野崎に言われたことを思い返す。 『お前がαに欲しがられんのは、お前が特別なΩで、目立つからだ。目立つモンは、影からお前を見てるような奴にも、欲しいと思われてる。あいつがお前のことを自分のΩだと言っても、お前のことを“俺のモン”だと思ってるαなんて、他にもいっぱいいる』  中垣は、俺のことを「自分のΩ」として見ていた。  多分、中垣だけじゃない。そういう奴は、他にも沢山、どこにでもいる。  俺は、いちいちそんな奴らと向き合う必要はないと思っている。それでも、今回みたいなことがまたあったら。  百瀬のような、αの力を借りないといけないこともあるだろう。  俺を守る、木野崎は強い。  強いが、Ωだ。力だけじゃどうにもならないこともある。  俺達はΩだ。  Ωなりに知恵付けて、時には百瀬のようなお人よしを利用して、強く逞しく生きて行かねばならない。

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