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第15話
ティトは始業ギリギリに教室に入り、なんとか遅刻はまぬがれた。ニコラとリオールはやけに楽しげに笑っていたが、ティトにとっては笑いごとではない。しばらくは息を整えることに必死だったし、久しぶりに全力疾走なんて行儀の悪いことをしたから足も震えていた。
(公爵子息が入学してた……レンは僕に嘘をついたんだ)
エミディオ・ブラックベンは入学していないとレンははっきりと言ったのに。
エミディオが入学していると、反逆者だと疑われているティトに知られることがそれほどデメリットだったということなのだろう。つまりレンにも疑われているということになる。
ずくりと、胸の奥が鈍く痛む。分かっていたと思っていたのだが、理解してしまうとやはり厳しい現実である。
(……仕方ない、レンも国の人なんだから……)
疑いは晴らせばいいだけだ。
今は傷ついている場合ではないだろう。エミディオが言っていた、レンの「呪い」も気になるし、何よりティトは今、毒と誘発剤を仕込んだ犯人を見つけ出さなければならない。
その犯人が明るみになれば、エレアとの確執のヒントも、反逆者と疑われている理由も何か分かるかもしれない。
(そういえば……レンって昔、呪いのことを言ってた気がする……)
——内容はこれだけ? 恋の物語なら、王子様に呪いがかけられていることが多いみたいだけど。
当時は子どもで、レンの言葉もただの疑問だと思って深くは考えていなかった。しかしあれが、ティトに「呪い」を知られているのではないかと恐れた言葉だとしたら。
(王家は呪いを隠してるんだ。……だから立太子まで第一子を隠してるとか……? 厄災から守るためにしてはなんだか違和感があるし)
そこまで考えて、またレンのことを考えてしまったと首を振る。
今はそんな場合ではない。ティトはとにかく、昨日伯爵邸で得たヒントをニコラとリオールに相談して、犯人探しに尽力しなければならない。
(隠し名が呪いに関係あるのかな……フォルテルディア先輩もそんな反応をしていた気がする。それに、先輩には『覚悟があるのか』とも聞かれたし……)
その「呪い」は、レン一人ではどうにもならないのだろうか。たとえば、レンが選んだ相手にのみ隠し名を教えて何かをすれば呪いは解けるが、かなり覚悟が必要なこと、というものなら納得ができる。
うんうんと頷いていたティトは、またしてもレンのことを考えてしまったと、はたと我に返った。いけないと首を振り、事件のことを考えようと頭をなんとか切り替える。しかしまたレンのことを考えてしまい、そのたびに首を振り、なんとか事件のことを考え、けれどもまたレンのことを考えて……何度かそれを繰り返したとき、ようやく視線に気がついた。
遅れてやってきたティトは今日、ニコラとリオールの真ん中ではなく、一番端に座っていた。ティトの左側に座っていた二人が、じっとティトを観察している。
「……な、なに?」
「いやー……すっごい百面相だったなって。なあ?」
「ああ。何を考えてたんだ?」
「え、あ、いや別に、何も……!」
気がつけば担当教諭の話は終わっており、休憩時間となっていた。ティトはどうやら考えることに必死になっていたらしい。
「まああんまり悩むなよ。リオがオメガだってことは広まってないからさ」
「そうなんだよ、不思議だよな。むしろティトがまた巻き込まれたんだって噂されてるぞ」
「え! 何それ知らない! 詳しく教えて」
三人で顔を突き合わせてコソコソと話し込む。目立つ三人であるからクラスメイトは興味津々だが、「何話してるの?」と寄って行く勇者はいないようだった。
「そっか、ティトは今朝遅れてきたもんな。実は僕たちもさっき聞いたんだよ。あのとき派手にフェロモンの匂いがしてただろ? あのフェロモンはティトが誘発剤で強制ヒートにされたんだって言われてる」
「そう。さらに襲われかけていたところを助けられたってことになってるぞ」
全部リオの身に起きたことが、すべてティトにすり替わっている。もしかしてとティトが「それって仕向けた人は誰って言われてるの?」と聞いてみれば、ニコラもリオールも意味深に一つうなずいた。
「もちろん、エレア・ジラルドだってさ。……この間の毒の件も全部ジラルドが嫌がらせでやったんだって言われてるし、さすがにおかしいよな」
ニコラの言葉に、ティトも同意するように「そうだね」と言葉を続けた。
「そこまで断定された状態での噂なら、誰かが意図的に流しているとしか思えない。だけど目的が分からないんだ。どうしてエレア様を悪者にして、僕を被害者にしようとするんだろう」
「……俺も予想でしかないんだけど、引き離したかったとかかなと思ってる。だってティト、ジラルドの姿を見ないだろ? あれ、クラスメイトやら同級生やらが二人が出会わないように動いてるからなんだよ」
「ああ、なんかなんとなくそうなのかなとは……いつからなの?」
「分からないけど、気がつけばね。でも、引き離すことが目的だったとして理由が分からないよな。結局犯人を探すしかないか」
リオールも解決の糸口までは分からないようだった。
ティトは二人からの情報を踏まえて、二人にぐっと顔を寄せる。すると何かを言おうとしていると察したのか、二人も顔を近づけた。
「昨日、家に帰ってから、兄様と父様に別々に聴取したんだ。今回の件の犯人と、僕が反逆者だと言われていることが分かるかなと思って」
「ほう、それで」
顔を寄せているうえに小声で喋られては周囲にはまったく聞こえない。クラスメイトたちは耳ダンボにするのだが、何も聞こえず渋い顔をしている。
「残念ながら、父様からは何も得られなかった。僕に心配をかけたくないんだと思う。僕が疑われてるって話しても『気のせいだよ』って言われて終わりだった」
「さすがロタリオ伯爵だな」
ニコラが納得したように数度うなずく。
「だけど兄様からは興味深い情報があったよ。今の二人の話を聞いて違和感もある。兄様ね、家に帰った僕に『またいじめられたんだって?』って泣きながら僕に抱きついたんだ。どうしてその日のうちにそんなことを言うんだろうって思ったんだけど、二人の話を聞いて、やっぱりおかしかったんだって分かった」
「……そのときに何かを聞き返したのか?」
「ううん。疑ってると思われて証言を得られなくなるのが怖かったから、深く聞けなくて」
二人は何かを考えるように腕を組み、椅子に深くもたれかかる。
「ベルノー先生ってルギス先生と仲良いよな? ベルノー先生から一番に何かを吹き込まれていたとしたら、その耳の速さにも納得がいく気がする」
言ったのはリオールだった。ニコラも「なるほどな」と、考えながら小さく同意する。
「ベルノー先生って平民だよね? ジラルド家とロタリオ家に関わってる記録とかあるのか?」
「あ、それは昨日父様に一応確認した。ベルノー・アルスレイって名前に覚えはあるかって。だけどないってさ」
「けど、明らかにジラルドを落としてティトを上げてるからなあ……」
ニコラはさらに渋顔になってしまった。ティトも頭を抱えている。しかしすぐに「やっぱりベルノー先生に直接聞くべきかな」と結論を捻り出した。
「まあそうだな、直接的に聞いてみるべきか」
「僕らが一緒に居ればまあベルノー先生が暴れても大丈夫でしょ」
「……ベルノー先生は体格がいいから、一筋縄ではいかなさそうだけど……」
リオールはどこか不安そうだった。
三人の結論として、昼休憩に動く計画となった。それまではいつも通り、犯人に怪しまれないように過ごそうという話になり、三人は変わらず授業を受ける。
昼休憩前の授業は、選択科目で移動教室である。ティトは二人とは違う科目を選択しているため、途中でにこやかに別れる。とはいえ教室の階が違うだけで遠く離れているわけでもない。昼休憩に動くことに気を急かしながら、ティトは教室へ急いでいた。
(今はとにかく、犯人を探そう。そうしたらレンに呪いのことを聞いてみて……)
前の休憩時間に三人で長く話しすぎて、授業時間が迫っている。ティトはとにかく急いでいたが、気持ちはすでに昼休憩に飛んでいた。
これで事件が解決すればエレアとも仲良くなれるかもしれない。ティトが疑われることはなくなり、レンにも何の気負いもなく接することができるかもしれない。
はやる気持ちを持て余し、階段を駆け下りる。広い廊下にはすでに誰もおらず、ティトの足音だけが響いていたのだが。
突然背後から、ドン! と強く背中を押された。突き飛ばされたのだと気付いたときにはすでに空に投げられていたが、ティトはなんとかぐるりと身を返す。
次には頭と背中に強い衝撃を受けた。上も下も分からなくなる頃には、気がつけば意識を失っていた。
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