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第19話
獣に噛み付かれても千切れないチョーカーをつけられて、強引にどこかに連れて行かれている。もしかしたらこれは、ティトの命の危機なのではないだろうか。馬車に揺られながら、ティトはぼんやりと考える。
同じく馬車に乗っているエレアとエラルドは何も言わないし、会話もない。つまり情報が何もない。しかし除籍処分となったティトは確かに、二人の言うようにすでにエミリオの管理下にはない人間だ。ティトに何かがあっても、エミリオには何の連絡もいかないだろう。
(……なんだろ、獣の餌にされるとか……?)
あまりにも残忍ではあるが、この二人がそんなことをするだろうか。
ティトの視線に気付いたエレアが「なに?」と聞くが、ティトには首を振ることしかできなかった。
結局何の情報もなく、連れられたのは見知らぬ山奥だった。王宮の敷地であるらしいこの山には、麓に何人もの近衛が配置されていた。
しかし山奥。ティトの予想が当たっているのではないかと、ティトはひっそりと不安である。
「おっせえよ。暴れられたのか?」
とある洞窟の前に、立っていたのはエミディオだった。変装はしておらず、今は素顔がさらけ出されている。
「何の問題もなく連れてきましたよ。あなたがせっかちなんじゃないですか?」
王弟の子息を相手にも、エレアはなかなか強気な態度だ。
「うるせえな……で? おまえ、覚悟があるってことだな」
「……覚悟、ですか?」
まさか何かと戦う覚悟だろうか。ティトはせめて武器はくれるのかとか、相手は何なのかとか聞きたかったが、なんだか聞いてはいけない気がして目を泳がせる。
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」
「仕方ないですよ、ティト・ロタリオには何も話してませんし。僕の口から言うのも違うじゃないですか」
「はあ!? じゃあなんだ、こいつ何も知らずにここに連れてこられてんの!? 信じらんねえ!」
「それなら親族であるあなたから話してください。俺からもエレアからも、話すには気が引ける内容なんですよ」
「そうそう。彼は伯爵家除籍処分(仮)なので、彼の意思で決めてもらっていいですし」
エレアとエラルドは、悪びれもなくツンと顔をそらした。
そのとき、低く唸る声が洞窟の奥から聞こえた。腹の奥に響く、獣の唸りである。ティトは思わずびくりと震え、近くに居たエレアの背後に下がる。
そんな様子を見て、エミディオは「分かった」と一つ息を吐いた。
「これから話すことには箝口令が敷かれる。いいか、おまえが受け入れず帰った場合にもこのことは絶対に漏らすな。この話が広まったとき、おまえの命もない」
エミディオのあまりの剣幕に、ティトは物言わず何度も繰り返しうなずいた。
「王家の第一子が、立太子するまで隠されてるのは知ってるな?」
「もちろんです。すべての厄災から守るためだと言われておりますが、民間では『命が狙われる立場だからだ』と言われています」
「そうだ、国民にはそう伝えている。けどおかしいと思ったことねえか。立太子の年齢が一律じゃねえんだよ」
「そ、それはまあ……思いますけど……」
立太子の年齢になったら国民に顔を出せる、という決まりごとなら、立太子の年齢は一律で決められているのが通常である。でもなければ、二十歳を過ぎても三十歳を過ぎても立太子せずいつまでも顔を出さない王子が誕生してしまうだろう。
ティトもそれを不思議に思ったことはあるが、民間では暗黙としてそれには触れなかった。だいたい十五歳で立太子だろうと勝手に思っていたからだ。
「真実は違う。……直系王族の第一子は呪われている。その呪いが安定した年齢……つまり、一定の期間『生きられる』と判断された場合にのみ、ようやく顔を出すことができて、王太子としても認められるようになってんだ」
「呪い……そういえば前にもそれを言ってましたけど、もしかして……」
ティトの目が洞窟に向けられた。真っ暗闇の中は何も見えず、ただ獣の唸りだけが聞こえてくる。
「そう、あの奥にディーノが居る」
ティトが息をのんだ。しかし構わず、エミディオは続ける。
「呪いの起源は分からねえ。ただ、直系王族の第一子はある日からバケモノになった。生まれつきそうだ、人間なのかバケモノなのかも分からねえ。真っ黒な体に目がでかく、爪も牙もある。体も人間とは比べ物にならないくらいにはでかい。周期的にバケモノになっちまう」
「……え、待ってください……どういう……」
「その周期は子どもの頃には安定してねえから、それが安定するまでは立太子も出来ねぇし、国民の前に顔を出すことも出来ねえんだよ。人によっては周期が安定せず、大人になれずに死んでいく者もいた。周期が安定してからも、最初は半年に一度だった周期が、だんだん早まっていく。バケモノに戻る頻度が上がれば、体への負担もかなりでかくなる。そして、いずれ死に至る」
ティトは混乱の中、ただ洞窟を見つめることしかできない。
この唸り声がレン? 誰がそんなことを信じられるだろうか。
呆然とするティトを前に、エミディオは自身の頭を乱暴にかき回した。
「ディーノの周期は安定したはずだった。十五の頃に立太子したときには、向こう五十年は数年おきの頻度になるだろうと言われるくらいにはな」
「じゃあ、どうして……」
「分からねぇ。呪いは病気じゃねえんだ、絶対なんかありえねぇ。……学園に入学した日から、あいつの周期は一気に乱れた。呪いってのは皮肉なもんでな、あいつが生きたいと思えば思うほど殺そうとしてくんだ。あいつは死ぬつもりだと言いながら、きっと心の奥では生きたいと思ってたんだろうな。呪いにはバレたんだろ、それがこの有様だ」
最近のあいつを見てりゃ分かる。小さく続けて、エミディオは鋭い目をティトに向ける。
「すでに周期がひと月からひと月半になっていると言っていた。このままだとあいつは死ぬ」
「……死ぬ? レン、死ぬんですか? い、いやです、レンのおかげで僕……レンがいたから……」
レンは出会ったときから優しかった。疑っていたからかもしれないが、それでもティトはレンの優しさに何度も救われた。
ティトの話を真剣に聞いてくれた。ティトの言葉を信じて戦争をなくしてくれた。レンはずっとティトを信じて、ティトの幸せを考えてくれていた。
「直系王族とフォルテルディア家には隠し名がある。それは知ってんのか」
ぼんやりとするティトはそれでも、エミディオの言葉になんとかうなずく。
「その昔、王家はフォルテルディア家に王位を与え、呪われた自身らの血を絶やそうとした。しかし忠誠心の強かったフォルテルディア家はそれを許さず、それならばと隠し名を提案した。隠し名を呼ばれたなら、意識が朦朧とするバケモノになっても反応ができるようにと、まじないをかけてな」
「同じく隠し名を持つ、フォルテルディア家の人が呼びかけたらいいということですか?」
「そうじゃない。……隠し名に秘められたまじないは、本人から直接隠し名を教えられた、心を通わせた者にしか効果を与えない。フォルテルディア家が持つ隠し名はただ、忠誠心を示すための、主人にのみ呼ばせるという意味合いだけだ。関係ねえよ」
ティトがエラルドを見ると、エラルドは何も言わずティトをじっと見ているだけだった。エレアも何も言わない。エミディオも、ティトの選択を待っているようである。
「おまえは直接、ディーノからその名を聞いたはずだ」
「き、聞きました……でも、レンはどうして僕にそんな大切な名前……」
「ああ、もう! 面倒くさいなあ! そんなの、殿下があんたと一緒にいたいとか、あんたのことを大切に思ってるからに決まってるでしょ! でも殿下は諦めてんの! あんたを傷つけたくないから!」
「落ち着け」
泣きそうな顔で叫ぶエレアの肩を、エラルドが労わるように抱き寄せた。
「呪いを解く方法はたったひとつ」
エミディオの低い声に、ティトはゆっくりと振り返る。
「バケモノの状態で、性行為をする必要がある。ただし、無事でいられるかは分からない。なにせ相手はバケモノだ。最中にうっかり殺される場合もある。無事に終わったとしても、恐怖心や、バケモノの相手をしたという事実から心が壊れる場合もある。とにかく、負担がでけえんだ」
「そのチョーカーは逃げ道だよ。殿下は今本能が強くなってる。あんたを見たらすぐに襲うかもしれない。その恐ろしさから、行為が終わって殿下を救えたとしても逃げられるように、番にならないように」
ティトはそっと、首を覆うように付けられたチョーカーに触れた。
「……だからレンはいつも……」
レンは「ティトを幸せにする」と言ってくれていた。
もしかしたらティトは、初恋を諦めなくても良いのかもしれない。
もしかしたら、手を伸ばせば幸せになれるのかもしれない。
ティトには、レンとともに生きていける未来があるのかもしれない。
だけど。
「だけど僕、隠し名は聞きましたけど、心を通わせているのかは分からなくて……」
「はあ!?」
ティトの不安げな顔に、エミディオが吠えるように食らいつく。その剣幕にティトは怯えて一歩足を引いたのだが、エミディオはずんずんと力強く歩み寄り、ティトの胸ぐらを掴み上げた。
「あいつはおまえに惚れてんだよ! でもなけりゃ隠し名なんか教えるわけがねえ! ガキの頃からムカつくほど完璧なあの野郎には『うっかり』なんか存在しねえんだよ……!」
「だけど! 僕が好かれる理由なんかないです! 僕はレンに何かをしたわけじゃない! 僕がレンを好きなのは分かりますけど、その逆なんかありえるわけない!」
ガシャン! と、洞窟の中から鉄が揺れる音がした。その場にいた全員の目が洞窟へと向けられる。唸り声で池が揺れる。しかし威嚇というほど、敵意を感じる唸りではない。
「……中には檻がある。おそらくおまえの声に反応して混乱でもしてんだろ」
あいつはおまえに「呪い」を知らせることを拒絶していたと、そう続けて、エミディオはようやくティトから手を離す。
「本来なら親の承諾もほしいところだが、おまえが伯爵家から除籍されたってんならおまえ個人の判断で決めていい。このまま中に入るか、帰るか選んでくれ」
「……帰るって、そんなことをしたら、」
「ディーノは死ぬ。だがそれがあいつの意思だ。あいつは王位をオレに譲る準備をしていたし、陛下も渋々だが承諾はしている。おまえに罪はない」
「そう言われても……」
ここで帰るという選択は、あまりに非情なのではないだろうか。
「同情ならやめてやれ。あいつが一番望んでいない。だが、もしもおまえがディーノを少しでも好ましく思い、その後も王妃としてあいつのそばに居る覚悟があるのなら、どうかあいつを救ってやってほしい。あいつも、お前と生きたいと本心では思ってる」
「僕からも! 殿下はずっとあんたのことが好きだった。陛下や公爵がどれほど国家反逆者だって疑っていても、殿下だけはあんたのことを信じてたんだ。それに、この学園に入学したのだって、あんたと最後の時間を過ごしたいからだって……本当なら入学する必要なんかないのに」
エミディオとエレアに挟まれて、ティトは悩むようにうつむく。
「……怖いか」
エラルドが問いかけた。するとティトはパッと顔を上げ、すぐに首を振る。
「いえ、怖くはないです。ただ……レンが僕のことを好きでいてくれているということが信じられなくて……その、僕が行っても何の反応もないんじゃないかなって不安があります」
「……はぁー、心配して損した」
吐き捨てるように言うエミディオの肩を、エラルドがポンと叩く。
「それなら、行けばすべての謎が解ける。君の声がディーノに届いたとき、君たちの気持ちは同じだということだ」
「……それなら、行ってみます」
「え! いいの!? あんた、死ぬかもしれないんだよ!?」
行ってほしいと言っていたくせに、いざ行くと言うとエレアは血相を変えてティトにすがりつく。エレアも、レンを助けたい気持ちとティトを無理させたくない気持ちで揺れているのだろう。
これまではエレアにつんけんされていたから、今度は心配されているという状況に、ティトはつい笑ってしまった。
「な、なに?」
「いえ、ふふ、嬉しくて。僕、ずっとエレア様と仲良くしたかったんです」
「それは……悪かったけど……」
「僕、別に死ぬのは怖くないんですよ。伯爵家から除籍してくださるなら、家族に迷惑もかかりませんし。僕の意思でというのなら、迷わずレンを助けに行きたい。だって僕、レンのこと大好きなんです。ずっと諦めていたのに、諦めなくていいんだよって言ってもらえるなら、諦めたくなんかない」
ティトは強い足取りで、けれどゆっくりと洞窟に向かう。唸り声はやまない。足音が聞こえたのか、ティトが近づくにつれて、まるで拒絶するように威嚇に変わる。
「そうだ」
途中、ティトが振り向いた。
その先には、不安そうに見守るエミディオとエレア、エラルドの姿が見える。
「僕がもし戻ってこなかったら、家族とレンに、ありがとうと大好きを伝えてほしいです。僕、前の人生では家族もなくて、好きな人にも好かれたことなんかなかったんですけど、今の人生で二つとも叶って嬉しかったって」
三人は物言わずうなずいた。それを見届けて、ティトはふたたび洞窟に向かう。
洞窟に入ると、唸り声はさらに深く響いた。恐怖はない。ティトは変わらず、強く洞窟の奥へ向かう。
「レン、レン、僕だよ」
呼びかけながら進んだ先、頑丈な檻が見えた。
近づいていくと、暗闇の中、バケモノのシルエットがあらわになる。
ティトよりもうんと大きな真っ黒なバケモノだった。毛も長い。鼻は見えないが、大きな真っ赤な目が特徴的だった。
ティトと目が合うと、バケモノは檻から離れた。まるでティトを拒絶しているようだった。
「レン? つらいの?」
ティトの問いかけに、彼は「グルるる」と唸るばかりである。
「僕の言葉、分かる? 伝わってるのかな」
ティトが檻に手をかけた。すると「ギャう! グワう!」と彼は暴れ、ティトが近づかないようにと威嚇する。
真っ赤な瞳が揺れる。ティトはその中にレンの意識がなんとなく見えた気がした。
「怖がらないで、僕は僕の意思でここに居るんだ。レンのことが好きだから」
すると、バケモノの動きが止まる。しかしそれは一瞬だった。まるで食らいつくように、今度は檻に一歩で接近した。ティトは反射的に背後に退く。太く大きな手が檻から外に突き出され、その爪の鋭い手は、ティトを捕まえようと必死に空を裂いていた。
本能のままに動くとはこういうことなのだろう。
どれほど自制しようとも敵わず、傷つけたくないのに傷つけてしまう。だからレンは嫌がっていたのかと、ティトはようやく理解する。
しかし恐怖はない。ティトは仕方がないなあとでも言いたげに笑うと、躊躇うことなく檻に近づいた。
「僕、レンが初めてで嬉しいよ」
ある程度近づくと、大きな手がティトの肩を捕まえた。爪が刺さり、血が流れる。しかしティトは拒絶することなく、そのまま檻の中に引き込まれる。ティトが痛みを感じたときには、冷たい地面に組み敷かれていた。
牙の尖る大きな口から、だらりと唾液が垂れた。呼吸も浅く、彼が興奮していると分かる。
彼の手がティトをまさぐる。そのたびにティトの柔肌には傷がつき、丸裸にされる頃にはすでに、身体中から血が流れていた。
バケモノの中心はすでに熱く猛っていた。人間とは思えないサイズだ。アルファの中心はそもそも太く長いが、オメガでもなければ受け入れられなかったかもしれない。いや、オメガでも受け入れられるかどうか……ティトは痛みに耐えながらそれを見つけ、自ら挿れやすいようにと足を開く。
「レン、挿れて」
彼の中心からは、すでにぬるりと液体が溢れていた。彼はやはり本能のままに、ティトの蕾にそれを必死に擦りつける。激しく擦られ、その勢いで一気にティトは貫かれた。
「ん、ぐッ!」
目の前がチカチカと光っていた。しかしティトは彼を傷つけないようにと、ゴツゴツと奥を何度もえぐられる感覚にも苦しい顔をすることなく、むしろ微笑んでみせた。
バケモノは身をかがめ、腰を激しく揺らしながらもティトの首筋に食らいつく。ティトの首を噛もうとしている。しかしチョーカーが邪魔でうまく噛めないらしい。苛立っているのか唸る声は大きくなり、やがてティトのナカでバケモノは果てた。
しかし彼が止まることはない。ティトは揺さぶられ続け、何度も何度もナカに出されながら、気がつけば意識を失っていた。
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