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第21話
次にティトが起きたのは、それから三日後のことであった。
本当に突然、ぱっちりと目を開けた。三日前よりは体の痛みも、気怠さもない。少しずつよくなっているのだろう。しかしまだ動くことはできず、ティトは目だけで周囲を伺う。
ベッドサイドに座るエミディオが、読んでいた本から目をあげた。
「お、起きたか」
外はすでに暗かった。時計を見れば、時刻は深夜。ティトが眠りやすいようにと部屋の照明を落としていたエミディオは、枕元のサイドランプのみを点けていた。
「あ、の、ケホッ、ここ、は……」
ようやく声を発することはできたが、それはあまりにも小さくかすれていた。しかし正確に聞き取ったエミディオは「王宮の客室」とだけ簡素に答える。同時に立ち上がり一度外に顔を出すと、衛兵に指示を出してすぐに戻ってきた。
「気分はどうだ」
「……悪くは……ない、です」
「それは良かった。三日前に起きたときよりゃはっきり起きてんな」
「……三日前……」
ティトには三日前に起きた記憶がなく、エミディオを不思議そうに見てしまったのだが、エミディオは気付いていながらもそれに関して何も言わなかった。
「……レン、は? 助かり……ましたか」
「……起きてすぐにそれかよ。おまえ、自分がどんな目に遭ったのか分かってんのか?」
言葉はトゲトゲしているが、エミディオの表情はずいぶん柔らかい。
「ディーノは無事だ。呪いは解けた。おまえのおかげだな」
「そう、ですか……良かった……」
「ただ、おまえを傷つけたことにかなりショックを受けてはいるな。自死を選ばないか監視するのが忙しい」
ティトは思わず起き上がろうとしてしまったのだが、あまりの激痛にベッドに沈んだ。その動きにエミディオは「おとなしくしてろ!」と怒鳴りつけ、次には怒りか呆れか分からないため息を吐き出した。
「自分の状態を把握しろよ。おまえは全身を損傷してる。切り傷擦り傷だけじゃない、抉られた跡もある。内臓も傷ついていた。本来なら死んでたぞ」
「……でも、生きてる」
「そう、悪運が強かったのかもな」
どうしてブラックベン先輩がここに。ティトのかすれた疑問を聞いて、エミディオは少し間を置いて口を開く。
「オレたちは今、持ち回りでおまえの看病をしてんだよ。今の時間がオレだったってだけだ」
「……時間ごと……そんなの、大丈夫です……」
「おまえはオレたちからすりゃ、恩人だ。面倒を見るのは当然だな」
ティトには、この時間がやけにゆっくりと過ぎているように思えた。ティトが素早くレスポンスできなかったからかもしれない。エミディオは急かすこともないし、ティトが聞き取りやすいようにゆっくりと喋ってくれる。だから余計にいつもよりゆっくりと感じられて、居心地が良かった。
(……僕、これからどうなるんだろう……)
王家の恩人なら、悪いようにはならないかもしれない。
ロタリオ伯爵家には除籍されたために戻れないから、どこか家くらいは用意してくれるだろうか。
そんなことを考えていると、軽いノックののち、すぐに部屋の扉が開く。横になったままのティトには誰が入ってきたのかは分からなかったが、エミディオが膝をついて頭を下げたから、立場のある人物であるということは一瞬で判別できた。
「ディオ、報告感謝する」
低い声だ。エミディオは頭を上げない。
やがてティトの視界に入ってきたのは、この国の王であるユースレイ・ブラックベン・アルファストと、シルリア・ブラックベン公爵の二人だった。二人とも夜着を身につけているから、当然ながら眠っていたのだろう。そんな中で部屋を訪れたという事実に、ティトはまたしても起き上がろうと体に力を込める。しかしやはりベッドに沈み、「そのままで良い」とユースレイより言われて諦めた。
「此度のこと、すべて報告を受けている。まずは、息子を救ってくれたことに感謝したい。本当にありがとう」
二人はティトに深く下げた。
「や、やめてください……僕は、ただ、レンを救いたくて……」
「そう、そうだ。君は本当に純粋に、素直に息子を思ってくれた。私たちはその君の気持ちを踏みにじり、疑っていた。ディーノから『戦争が起きる』『隣国の情勢が危ない』と助言をしたのは君だと聞いた日からずっと、君のことを、我が国を内部から操りたい他国のスパイだと思っていた。謝罪させてくれ。本当に申し訳ないことをした」
「私からも、申し訳なかった。七年前の事件、実は近衛が目撃していた。その事実と広まった話が乖離していたから、きっと君が言い出したものだと思っていた。君がその後、ジラルド家に行きたがっていると聞いたからだ。何かを企んでいるものと思っていた。しかし君は関与していなかったそうだな。本当にすまなかった」
ティトは何を言えばいいのかも分からず、唇をはくはくと音もなく動かすことしかできない。二人は頭を上げて、重たいため息を吐き出した。
「王家は君に深く感謝している。何か願いがあれば、それを必ず叶えよう」
ユースレイもシルリアも、なぜか頭を下げているエミディオでさえどこか緊張していた。ティトにはその意味が分からなかったが、ちょうど良いと言わんばかりに「それなら」と先ほど悩んでいたことを口に出す。
「僕は、伯爵家より、除籍処分となりました。帰る家が、ありません。……できれば、どこかでひっそり……一人で、住める家が、ほしいです」
呼吸を浅く繰り返しながら、ティトはなんとかゆっくりと伝える。
ユースレイはひゅっと息をのむ。険しい顔である。エミディオも思わず顔をあげ、ティトに何かを言いたげに口を開くが、言葉が見つからないのか音にならない。シルリアは目を逸らし、どこか悲しげな表情を浮かべていた。
(やっぱりダメか……)
すべての責任は自分にあると言ったのはティトである。だから伯爵家から除籍してくれと頼んだ。除籍が済んでいるであろう今、ティトは犯罪者となるわけで、ユースレイは願いを叶えるとは言ったものの、犯罪者を逃す手助けのようなことまではできないのだろう。
せめてどこかで静かに暮らし、レンの治める国を見ていたかった。呪いから解放されたレンが心から笑い、家族を作って幸せになって、この国を栄華に導くところを遠くから眺める余生があればいい。多くは望まないからせめてそれだけは欲しいと思ったのだが。
(まあ、仕方ない)
すべて、ティトが言い始めたことだ。
「……やっぱり、いい、です。陛下の、判断に、お任せします」
「……私の判断?」
「はい。……僕は、罪人です。何かを……望むことすら、おこがましい、です」
「ちげえだろ! おまえはディーノを救ったんだよ、おまえが罪人なわけがねえ!」
「ディオ」
シルリアに制され、エミディオは悔しげに口を閉じる。
「……君に少し、聞きたいことがある」
ユースレイが険しい顔で、ティトをじっと見下ろしている。ティトは「はい」と小さく言葉を返し、ユースレイの聞きたいこととやらを大人しく待っていた。
「君はもう、ディーノが怖いかな」
「……いいえ」
「では、もう会いたくないか」
「……? 僕は、レンに、会ってもいいんですか……?」
ユースレイとシルリアが同時にうなずく。それに少し考えたティトは「だけど」と、やはりゆっくりと言葉を続ける。
「……嬉しいけど、やめておきます」
「どうして」
「……僕は、平民です。……お立場が違い、過ぎて……僕には、少し、遠いです。最後に、会ってしまうと……忘れられなく、なりそうなので」
「忘れる必要はない。私たちは君を、ディーノの正妃に据えたいと思っている」
ユースレイの言葉に、今度はティトが息をのんだ。
「や……やめて、ください……僕は、そんなことを、してほしくて、レンを助けたわけじゃ……」
「これはディーノのためでもある。……ディーノは今、心を壊しかけている。君を傷つけてしまったからだ。だからどうか、ディーノのそばに居てやってほしい」
それなら、正妃になる必要はない。レンの心はティトが無事であることが分かればすぐに持ち直すだろう。少し前まではレンと心が通じ合っていたかもしれないが、こんな状態のティトを見てどう思うだろうか。自分が傷つけた相手とずっとともに居ることは、ときに苦痛を伴うこととなる。
「……わかりました。けど……正妃の件は、保留に、させてください」
ユースレイとシルリアは納得がいかない様子ではあったが、ここで言い合うことも不毛だと感じたのだろう。すぐに了承し、負担になるといけないからと二人は早々に部屋から立ち去った。
「……悪かったな、いきなり二人を呼んで。おまえが次に目を覚ましたときには必ず知らせろと言われてたんだ」
「いえ……大丈夫です……」
「明日にはディーノを寄越す。だからおまえはもう一回寝ろ」
「……レンに、無理は、させないで、ください。……こんな僕を、見たら、また傷つきます」
「おまえはどこまで……はぁ。いや、絶対に来させる。あとは二人で話をしろ」
今日は寝ろと言わんばかりに、エミディオはティトの目元に手を置いた。
視界が暗くなり、すぐに眠気が襲う。ティトはそれに逆らうこともなく、遅いくる睡魔に身を委ねた。
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