7 / 41
第7話
教室に入ると座って、と椅子に促される。
聡介の席。昔の僕の席と、同じ場所だ。
ポケットからハンカチを取り出して、雨に濡れた僕の頬や首を優しく拭う。
心地よくて、されるがままじっとしていた。
「あ、これ新品だからな」
「いいよ、そんなの。……楠木くんも濡れてるのに」
「俺は風邪ひかないからいいんだよ」
「はは、そうだね。楠木くんは、強いし。運動もなんでも出来て、いつも笑ってて、輝いてて、いつだって僕の理想なんだ」
「なんだ、そんな風に思ってくれてたのか。でも、俺は柊が思ってるほど良いもんじゃないぞ」
「……そうなの?」
「嫉妬深いし、大事な人を傷つける奴は絶対に許さない」
「なんか、意外だな。そっか、そうだよね」
僕が描いた描写や設定も超えて、聡介には聡介の心がある。
夢なんかじゃない。
この世界も、ここに住む人達も。
聡介だってちゃんとここで生きている、現実なんだ。
「……中井さん、僕の大事な人に凄く似てるんだ。今日、その人の事を思い出してた。僕のせいでずっと辛い思いをさせてたのに、もう会うことは出来なくて、何も出来ない自分が凄く嫌なんだ」
入院生活の日々の中、明日美だけがほとんど毎日面会に来てくれていた。
一度、面会のあと、病室の外で一人泣き崩れていた明日美を見た事がある。
ずっと辛い気持ちを押し込めて、僕の前では笑ってくれていた、優しくて強くて、清らかで美しい人。
そんな人に、あんな顔をさせたまま僕は去ってしまった。
何も、出来なかった。
手を取られて、ぎゅ、っと暖かい手に包まれる。
「大丈夫だ。柊。会えなくても、きっとその人とはどこかで繋がってるはずだから。今出来ることは、その人の想いを大切にすることなんじゃないか?」
大丈夫だ。
ハッキリと断言する聡介に、呆気にとられる。
根拠は無い。でも、大丈夫だとこうもハッキリ言われると、なんだか大丈夫な気がしてくる。
「そうだね。大事にする」
ここで、この健康な身体で。
新たな人生を、歩み始めようと思う。
明日美、僕はここにいるよ。
確かにあなたと過ごしたこの学校のある世界の中で。
ともだちにシェアしよう!

