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第31話
秋を思わせる乾いた風が吹く。
9月も終わりに近づいてきて、10月の体育祭に向けて各自種目を放課後グラウンドで練習する生徒たちがちらほらと見える。
あの日、倒れた時にみた過去の夢を思い返す。
タイムカプセル、あそこに明日美の手紙も入っているのか――?
気になって、あの木の下へ足を運ぶ。
ふとグラウンドをみると、聡介が他の生徒たちに絡まれて何か話しながら笑っている。
他の生徒たち二人は体操着で二人三脚の練習をしていたようで、聡介に半ば無理やり足に紐をつけて肩を組んで二人三脚をさせている。
転けそうになって、聡介がもう勘弁、とでも言うように笑いながら首を振っている。
そんな様子を見ているとこっちまで楽しくなって笑ってしまう。
しゃがみこんで、タイムカプセルを探す。
同じ場所に埋め直したから、すぐに箱を見つけた。
箱を開くと、まるで見つけてもらうのを待っていたかのように1番上に明日美の名前が書いてある手紙があった。
手に取って、時田明日美、と書かれ文字を撫でる。
確かにそれは明日美の書いた文字で。
懐かしい彼女の筆跡をみて、懐かしさに胸が苦しくなる。
この世界と、僕のいた世界は、少なからず確実に繋がっている。
僕の記憶で補填されただけとは考えにくいこの現象に、そう結論づける他なかった。
明日美が10年後の明日美に宛てた手紙を僕が盗み見るのもどうかと思って、やっぱり箱に戻そうかと迷う。
でも、今の僕は明日美の手紙を見つけたことに、少し期待している。
もしかしたら、明日美に会える手がかりがあるんじゃないだろうか。それこそ、前の世界に戻れる何かが。
僕は死んだと思っていたけど、本当は死んでないんじゃないか。
そんな風に思った。
意を決してゆっくりと手紙を開く。
少し丸い癖のある可愛い字で、紙いっぱいに書いてある明日美の夢。
《10年後、私は今も康太の隣に居るのかな。私のいちばん大切で大好きな康太。子供の頃は小さくて私の後ろをついて歩いてきてたのに、気づいたら私の身長なんか抜いて、今は私の歩幅に合わせるように歩いてくれる。そんな康太の未来に私がいてもいなくても、康太が幸せに暮らしてくれてたら、それでいいかな。でもやっぱりずっと一緒がいいな、なんて思ったりもする。とにかく10年後も、康太も私も元気で幸せなこと。それが私の夢かな》
なんだよ、これ。
僕のことばっかり書いてある明日美の手紙に胸がぎゅう、と締め付けられる。
涙で視界が滲む。文字がぼやけてみえて、ぽつり、とその上に涙が落ちた。
「柊?」
頭上からいつもの優しくて低い声がして、涙を拭って見上げる。
「楠木くん……」
「泣いてるのか?」
「ううん、大丈夫」
「……そうか」
バレバレの嘘なのに、聡介はそれ以上何も聞いてこない。
隣にしゃがみこんで、僕の目にかかっていた髪の毛に手を伸ばし、さら、と払う。
聡介のそばに居たい。
でも明日美にも会いたいと思う。
僕は、ここに居たいのか、前の世界に戻りたいのか、どっちなのか訳が分からなくなって頭の中がぐちゃぐちゃになる。
そもそも、元の世界に戻れるかどうかも分からないけど。
「……ねえ、好きだよ」
僕の言葉にふ、と目を細めて聡介が笑う。
優しく頭をそっと撫でてくれる手が暖かい。
「ああ。俺もだ」
当たり前のようにそう返す聡介の言葉が胸に染みこんで溶けていく。
僕は今、確かに幸せだよ、明日美。
となりに明日美は居ないけど、それがどれほど辛くても、僕は今ここで生きていて、息をしているんだ。
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