21 / 23

5.5 閑話休題

「あ、アズマっち~! こっちこっちこっち~!」  居酒屋の店内に、ライガの明るくて大きな声が響いている。立ち上がってブンブン腕まで振っているライガには申し訳ないが、そんなことしなくたって、店を入った瞬間から俺が行くべき席はわかっていた。今でも珍しい銀髪のライガと、派手な服を着たニルジールの姿は多様性の時代でもよく目立つ。  俺は苦笑しながら、ふたりが待っている四人掛けのテーブルへと向かった。平日の夜とあって、店内はいつもより客が少なくみえる。それでも、声の音量を上げないといけないぐらいには賑やかだ。そこかしこで既に酔っぱらった客が大声で笑っているし、ここにいると自然に嫌なことも忘れていけそうな気さえした。 「悪い、待たせたか? ヴァノンは?」 「ヴァノンちゃん、今日はお仕事があるから遅くなるんですって」 「律義に来るっていうとこがヴァノンっちらしいっしょ。アズマっち、とりあえずいつものビール?」 「ん、いつもの」  普段と変わらない受け答えをして、俺も上着を脱ぐと席に着く。既にテーブルにはジョッキがふたつと、いくつかの食事が来ていた。俺たちの間には全員が揃うまで律義に待つルールは無かったし、等しく割り勘、という文化も無かった。少なくとも俺たちは、そのほうがずっと気楽だ。  そう思っていたんだけど、今回ばかりは違う。 「ライガ、今日は俺が出すよ」 「マ? なして?」  オレンジサワーのジョッキを傾けていたライガが、きょとんとした表情を浮かべる。 「迷子だったセレをうちまで案内してくれただろ、そのお礼。おかげで色々うまくいったし、」 「そうっ、そのことなんだけどアズマちゃん! アタシ、今日は奢るわ!」  するとニルジールが身を乗り出して話に割って入った。 「なになになに」 「アタシのおまじないが、余計なお世話だってみんなからも怒られたのよ、普通の人間はもっと自然に任せたほうが好みなんだって。ホントにごめんなさいね。アズマちゃんには悪いことをしちゃったから、ここはアタシが出すわ」 「いやいやいや、別にまあその、色々問題はあったけど結果的に上手くいったし……? それに俺はライガに礼がしたいし……ん? これどうなんの?」  よくわからなくなってライガを見ると、彼はしばらく考えた後で、 「じゃー、オレは今日の幹事をしてくれたニルにお礼したいから……、ぜーんぶチャラっしょ! いいから飲も飲も」  と嬉しそうに笑ったので、俺とニルジールも顔を見合わせて笑ってしまった。  そうだった。結局俺たちは、そういう感じで付き合い続けているんだ。  俺とセレの関係性が、少し変化して数日経った。  怪我の功名、というかなんというか。ニルジールのおまじないに振り回されたおかげで、俺とセレはお互いの気持ちを話し合えたし、先に進めた、ってことになる。皮肉な話だ。  俺としては、平穏なルームシェアをしたかった気持ちもあるけど……。まぁでも、相手がエルフのセレだった時点で、何の変哲もない共同生活は崩れていたんだから、いいかとも思う。  結局、俺たちはいつものように取り留めのない話をしながら飲んでいた。 「でも改めて、ライガってすごいよなぁ。街なかで困った様子の知らないエルフがいたから声かけたって。俺だったら躊躇しちゃうと思うなぁ」  何杯目かわからなくなったアルコールを片手に、ぼんやりしたまま呟く。実際、あそこでライガがセレに声をかけてくれなかったら、俺たちのトラブルはもっと長引いたことだろう。 「そうねぇ、アタシもそのシチュエーションでは声かけたりしないかしら。まぁ、アタシたちマナランダーは個人主義だから、助けて欲しいって言われない限りエルフじゃなくても手は差し伸べないかもしれないケド」  ニルジールは俺の倍は飲んでいたけど、ちっとも酔っていない。マナランダーは大体酒に強い、というか、ほとんど効かない。ただ、彼らはそういう無意味なものを大量に摂取するという行為自体に贅沢を覚えているらしい。  話を振られたライガはといえば、褐色の頬を僅かに赤らめながら、ニルジールと同じぐらい飲んでいる。ライガは単純に、酒に強かった。 「そっかな~。オレ的には別に大したことしてないんだけど」 「ライガは良い奴だよ、ホントに」 「そうよ~、ライガちゃんはもっと自分のこと褒めていかなきゃ! いつもそんな感じで「大したことない」って言ってるじゃないの。ライガちゃんの気遣いに、アタシたちも助けられてるのよ。さっきだってそうでしょ」  そうだそうだ。ライガも奢るって言いだして、全員おあいこという形にしてくれたから、俺たちは今も楽しく飲めている。ライガはチャラついた見た目だし、言動はするけど、結構気が利くし優しい。そういうところを俺たちはわかっているけど、当のライガは全く自覚が無さそうにポリポリを頬を掻いていた。 「うーん。だってオレっちさ、ガリア族じゃんね。見ての通り」  ライガは逞しい身体をアピールしてみせる。服を着ていてもわかるほどの筋肉、遠目にもわかる銀の髪、褐色の肌。赤くて小さな瞳。確かに、教科書に載っていそうなガリア族の姿ではある。チャラついていなければ、かつて戦士として大陸をまたにかけていた部族そのものだった。 「オレ、ゆーても強いじゃん、力とか。だからさ、何が起こってもどうにかなると思ってるとこあんの、正直。トラブルに巻き込まれたって、筋肉で解決できそうかなって」 「そうねぇ、ライガちゃんならゲンコツひとつでなんでも解決できちゃいそうかも」 「確かに……」  実際、ガリア族の就職先は介護職以外でも力仕事の現場が多い。スポーツ選手になっているのもよく見かける。人間、という種のくくりの中では少数であるものの、世の中で活躍できているガリア族は多いイメージがあった。 「ま、だからだと思うんよね、オレが人と関わるのにあんま気負わないのって。嫌なやつでも最悪筋肉で黙らせられるっていうか? オレが強いから、余裕あるってか。そーゆーのってニルっちもあるしょ、いざとなったらマナを使っちゃえば~、みたいな」 「そういわれてみれば、そうかもしれないわねぇ。夢魔は夢と心をちょっといじれちゃうから……」 「っしょ? だからさ、余裕あんのよ。他の種族のこと、落ち着いてみてられんの」  でもさ、とライガは俺を指差して言った。 「いわゆる一般的な人間ってそうじゃないじゃんね。全部平均的だし、マナとかは使えないし」 「まあ、そうだけど」 「オレさ、だからアズマっちのこと、すげえなって尊敬してるとこあんの。いやこれはマジで、厭味とかでもなく本気で」 「はあ?」  全然話が見えてこない。ライガがすごい、って話だったんじゃなかったか。怪訝な顔をしていると、ニルジールも「そうねえ」と頷いた。 「アズマちゃんは本当にすごい人よねぇ」 「な、なんだよ急に。俺は別に、何もすごくないだろ、お前らも言ってたとおり、人間はなんにも持ってないわけだし……」 「そ、なんも特色がないのに、それでもめっちゃ優しいから、アズマっちはすごいんよ」  ライガはウンウン頷いて続けた。 「今この街って、あらゆる種族が仲良く暮らせる平和都市、ってコトになってっけどさ。でもやっぱ見た目の違いってデカイっしょ? やっぱオレ、結構浮くんよね。デカイし、ムキムキだし。どっからどう見てもガリア族じゃんね?」  まあ、それはそうだ。ライガは、どこからどう見てもガリア族の青年だろう。言いたいことはわかる。ガリア族は今でも、よく言えばパワータイプ、悪く言えば粗暴なイメージがついていたりした。 「だからオレもさ、確かに人から怖がられないようにってチャラくしてっとこあんだけど。アズマっちはさ、初対面からオレと普通に話してくれたっしょ? オレ結構嬉しかったんよね」 「わかるわぁ~。アタシもマナランダーの淫魔といえば、価値観合わないからって距離とられがちなのよねぇ。でもアズマちゃんはアタシの話もちゃんと目を見て聞いてくれるじゃない? アタシがどれだけ嬉しかったかって話よぉ」 「ええ? でもそれはなんていうか……普通じゃないか? その場にいる人と付き合う上で……」 「「その普通が難しいのよ」」  ふたりはハモって俺を見た。その勢いに俺がちょっと怯んでいると、ライガは続けて言う。 「ヴァノンっちのこともそうだべ、結構引っ込み思案なヴァノンっちが壁際でひとりでいたとこに、アズマっちから声かけたって聞いたし」 「いやだってそりゃ、集まりの中にひとりでいる奴いたら心配になるだろ」 「なるけど、ちゃんと関わろうとするトコがアズマっちはすげえって話なの~!」 「そうよそうよ」  ライガもニルジールも、うんうん頷いている。俺にはどうもピンとこない。俺としては、普通のことをしているつもりなのだ。  施設のじいちゃんからも言われた。人とはちゃんと目を見て話せって。話してみないことには、相手のことはわからないって。それだけのこと、なんだけどなぁ。 「セレさんのことも、そうっしょ。アズマっちはエルフのこと知らなかったけど、でも歩み寄ろうとしたんじゃん。俺みたいに筋肉もないし、ニルみたいにマナもないのに、一生懸命話し合って仲良くなってんじゃん? それってマジ、俺らから見たらすげーことだから」 「そうよぉ。アタシなんて気に入らないヤツがいたら、隠れて悪夢見せちゃうんだから。アズマちゃんは紳士的で誠実で、本当に優しい人なのよ!」 「いやニルっちのは普通にダメでしょ」  ニルジールとライガはなんだかんだと言ってくる。だけど、知性があって言葉が通じて、お互い歩み寄る気持ちがあるなら、話し合って許し合うのが当然なんじゃないのか。でもどうも、ふたりにとってはそうじゃないらしい。 「アタシたちだって、色々あって知り合ったけど、みんなアズマちゃんが好きでこうして集まってるんだから」 「それは言い過ぎだろ、みんな楽しくて飲んでるんだろうし」 「まあそうなんだけど、アズマっちのことみんな大好きなのは、マジだかんね? オレらにも対等に接してくれるし、超ありがてえのよ、ホント」 「ウンウン、だからアタシ、アズマちゃんには幸せになって欲しいの! セレちゃんがアズマちゃんを大事にできないなら、アタシが攫っちゃうんだから!」  ニルジールの世迷いごとはまあ、笑って聞き流しておいて。だけど、俺は不思議な気持ちになった。  俺は別に、ライガやニルジール、ヴァノンやセレにも、なにか特別なことをしたつもりはないんだけど。彼らにとっては、そうじゃないんだろうか。でも本当に、なんにもしてやれてないんだけどなぁ。  腑に落ちないままだけど、ずっとそれを主張したってしかたない。彼らはそう思っているのだ、ということは大事に理解して、俺はグラスを傾けた。  まあ、でも。みんないいやつだし、こうして過ごす日々は心地いいし。悪い気はしなかった。  

ともだちにシェアしよう!