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7-2 エルフと人間と
こんな気まずい部屋、就職の面接でも経験したことはない。
睨み合っているサヴァンさん、シルヴィオさん、そして挟まれた俺。三人は今、観光案内所の一室に詰め込まれている。事前に入り口へ「臨時休業」の看板を立てていたから、邪魔も助けも来てくれそうにはなかった。
ここへ来るまでの間に、俺はサヴァンさんから(そして間接的にシルヴィオさんからも)事情を教えてもらった。
セレ、サヴァンさん、シルヴィオさんはみんなエルフ郷の名門シェルロフィ家の兄弟らしい。なかでも、シルヴィオさんは長男にして次期当主、四百年以上生きている高位なエルフだ。彼は長い間外界との接触を嫌ってきた、保守的なエルフなんだとか。
ところがいつしか三男であるサヴァンさんは、外界との交流を求めてエルフ郷の近くに多人種の住める町を整備した。以来、困ったことに一部のエルフが、他人類、とりわけ人間との交流を強く夢見るようになってしまった。
それだけでもシルヴィオさんにとっては迷惑だったのに、サヴァンさんは郷を出てこの街にエルフ村まで作った。おまけに、よりによってシルヴィオさんが一番大切に思っている28人目の兄弟(!?)で末っ子のセレが感化されてしまった、というわけだ。
大切な弟を外界へ出したくはない。しかし彼の夢を頭ごなしに否定して、勝手に行方をくらまされても困る。シルヴィオさんは苦汁を飲む思いで、条件付きの旅を許可した、というわけだ。
ところが、セレはいつの間にかサヴァンさんのそばを離れてルームシェアを始めていた。後のことは、知っての通りだ。
「まったく、こんなことになるなら決してセレを外に出したりはしなかった」
シルヴィオさんは腕組みをしたまま、不愉快そうに眉を寄せている。彼はずっと俺から顔を逸らしていた。まるで不快なものは視界に入れたくない、というように。実際そうなんだろう。
「でも、特に大きなトラブルにはなってないじゃない」
サヴァンさんが肩を竦めると、「トラブルになっていない?」とシルヴィオさんが低い声を出す。
「お前は何も知らないのか? プリュネルが反応したんだぞ。誰かに乱暴なことをされたんだ。立派な危険だろう。そしてセレは、同居している人間の仕業だと言っていた。それは──セレの作ったエルフィネ・ルコリエを持つ、この男ではないのか?」
「う……」
ようやくシルヴィオさんと目が合った。けど、こんな憎悪のこもった瞳を向けられるぐらいなら、別に合わなくても良かったかもしれない。話の内容も相まって、俺は冷たくなって縮こまっている。
確かに、シルヴィオさんの考えは的確だ。そして、こちらにはこちらの事情があるのだって間違いない。だけど人間に──特に、たぶん俺に不信感を募らせているシルヴィオさんへ説明して、良い結果を得られる気がしない。
それでも、弁明しなければセレが連れていかれてしまう。俺は覚悟を決めて、口を開いた。
「た、確かにセレを床に倒してしまったことは事実です。でもあれは、なんというか、事故で……」
「ならば、どうしてセレからの連絡が途絶えている? 貴様がセレを監禁し、脅しているからではないのか」
セレがシルヴィオさんと話したくない理由は、ここまでで俺もよーくわかった。俺だって、こんな肉親がいたらセレのことを黙っていたかもしれない、と思う。
「ち、違います。セレは自分の意思でそうしているんだと思いますよ。プリュネルはその……俺がセレからもらいました。また作動しちゃいけないからって、セレが言うので……」
「ああ、なんということだ。何故セレがそんなことをしなければいけない? あれは私に助けを求める為のものだというのに」
シルヴィオさんは額を押さえて、首を横に振る。
「魔族のように狡猾なヒト族め。セレを誑かし、逃げ場まで奪うなど……」
「そ、そんなつもりではないです! 本当にセレが望んだことですよ! 俺たちは真剣なお付き合いをしたくて、」
「待て、「お付き合い」だと?」
繰り返されて、俺ははっと口を押えた。
しまった。今、一番危ないワードを漏らしてしまった。
「私の「神の声を聴く器官」が正しいなら、お前は「お付き合い」と言ったな? それはヒト族特有の意味を持つ表現か? でなければ、私達の知っている意味は「恋仲としての関係」という意味になってしまうが」
とても敵意を感じる言葉の圧力に負けそうになる。けど、こうなったからには、俺も引き下がってはいけない。俺は大きく深呼吸をして、答えた。
「その通りです。俺とセレは、恋仲としての関係になりました」
「……ああ……」
それからシルヴィオさんは聞き慣れない発音の言葉を漏らし、ややしてサヴァンさんとその言語で会話を始めた。たぶん、古エルフ語だろう。恐らくだけど、俺にはわからない言葉で文句を言っているんじゃないかと感じた。
ここから、どうやって彼を説得したらいいんだろう。途方に暮れる俺へ、シルヴィオさんは静かに言った。
「ヒトよ、セレとの関係はすぐに解消するのだ」
「ど、どうしてですか。セレも望んだから交際しているんです。それはセレと俺の自由意思だから、尊重されていいことのはずで──」
「貴様は何もわかっていないようだな」
意外なことに、シルヴィオさんは静かに、まるで幼い子供を諭すような声音で続けた。
「いいか、セレはエルフ、「君」は人間なんだ」
これまで散々「貴様」と呼んできたシルヴィオさんが、俺を「君」と呼んだ。そのことに、俺も出そうになった反論を引っ込めてしまった。シルヴィオさんは怒っているというよりは、どこか……少し辛そうな表情を浮かべて告げる。
「とても残酷なことだが、君はほぼ確実に、セレより先に死んでしまうのだぞ。その後、独りになったセレを一体どうするつもりなのだね」
「あ……」
言葉を失った。
エルフは何百年も生きる。そして人間は、医療技術や文明の発達した現代でさえ、八十年ぐらいで老いて死ぬ。人類全体でみれば、まさしく短命種だ。そんなこと、よくわかっているつもりだった。
だけど恋に夢中の俺は、そんな当然の事実まで頭が回っていなかったんだ。
「君はきちんと考えたのか? 仮にセレが君を本気で愛したとして、君を失ってもなお百年を越える歳月を過ごさねばならないのだと。君の寿命よりもはるかに長い時間だ。その悲しみ、その孤独について本当にわかっていて、それでも共にあることを決めたのか?」
そうだ。セレと付き合う以上、どんなに円満に末永く続いたとしても、必ず別れの日が来てしまう。俺はその時──セレを、家族をひとり置いて、消えてしまうんだ。俺の両親や、管理人のじいちゃんたちのように。俺を独りにしたみたいに。
あの日の絶望を、その日からの涙と胸の痛みに苦しんだ日々を思い出す。
ぞっとした。
青褪め、固まっている俺をよそに、シルヴィオさんは続けて言う。
「エルフは君たちと違って、そう簡単に思い出を忘れたりもしない。いなくなった者を何百年でも悼み、想い続ける。セレのその孤独と悲しみを、お前にはどうすることもできない。そんな無責任なことを、セレを本当に思っていて何故できる」
「……俺、は……」
何か反論したいけれど、上手く声にならない。シルヴィオさんの言葉は、俺の胸の傷を開いて、グリグリと抉ってくるみたいだ。痛くてたまらない。
「セレを本当に想っているのなら、おこがましくも愛しているというのなら。セレとの関係は解消したまえ。エルフにはエルフの、人間には人間の伴侶。同じ時を歩む者が共にあることこそ自然であり、最も幸福な道だ」
頭の中でわんわんとシルヴィオさんの言葉が鳴り響いている。そうするほうが、セレのためなんだろうか? あの、氷を無理矢理心臓にねじ込まれるような孤独と痛み。あれをセレに何百年も与えるぐらいなら、最初からふたりの時間などなかったほうが良いんだろうか。
でも、だけど、俺は……。
言いたいことがある。だけど、上手く出てこない。黙っていることしかできない俺に、シルヴィオさんは溜息を吐いた。
「セレはまだ幼い。くだらない思いを抱いて、こんな不幸な事故にあわないためにも、外へ出さなかったというのに……」
俺たちの出会いは、想いは。不幸な事故、だったんだろうか。
初めて会った日は、確かに事故みたいなものだったな。でも、俺もセレもお互いのことを理解し合って……色々すれ違ったりもしたけど、ひとつひとつ越えて、家族になった。それが、間違いだった?
──いいや、そんなはずない。
「……確かに、セレと俺は種族も寿命も違います。わかっていても、覚悟はできていなかったかもしれません。それでも……」
俺は痛む胸を押さえて、震える声で絞り出した。
「それでも、セレと俺とは気持ちをひとつにしたんです。この想いは絶対に、くだらないものなんかじゃありません。それに、セレは貴方の弟である前に、ひとりのエルフです。セレの気持ちは、セレのものだと思います──」
「黙れ!」
どうにか口にした意見は、シルヴィオさんの鋭い声で途切れた。
「貴様に何がわかる、貴様に、残された者の何が……!」
今までにない剣幕に驚き、言葉を失った。シルヴィオさんの形相はこれまで以上に険しく、そこにはいくつもの複雑な感情が混ざっているようにも見えた。
ただ怒っているだけじゃない。その奥になにか、深い……悲しみがあるような、そんな──。
「兄さん」
サヴァンさんの静かな声が、俺たちの間に落ちた。彼をみると、今までのような笑顔ではない、真面目な表情を浮かべている。
「これはセレとアズマ君の問題だ。話はセレからもきちんと聞くべきだよ。あの子もアズマ君も、我々に比べれば若いけれどひとつの人格をもつんだし」
「なら早くセレの所へ案内しろ」
「でも、いきなり連れて帰るんじゃなくて、ちゃんと話を聞いてよ? 判断するのはそれからも遅くないでしょ。──それとね、兄さん」
サヴァンさんはひとつ、溜息を吐いて言った。
「貴方の私怨は、このふたりに関係無いことだよ」
「な──」
シルヴィオさんはわなわなと震え、声を荒らげる。
「この私が、私怨で行動していると言いたいのか!」
「そうじゃないけど、……あー、まあそうかも」
「サヴァン、お前、言っていいことと悪いことが……!」
「ああああ、あの、おふたりとも、落ち着いて! し、私怨って……?」
取っ組み合いの兄弟げんかでも始まりそうな雰囲気に、思わず割って入る。それで我に返ったらしいシルヴィオさんは、咳ばらいをして首を振った。
「貴様には関係のないことだ。まあいい。セレにも話を聞こうではないか。そしてあの無知な愛しい子が間違いを正して、私と共に帰ってくれる。それなら納得できるのだろう?」
「うん、そうだね」
「えっ! ま、待ってくださいっ」
ここまで味方をしてくれている、と思っていたサヴァンさんが、急に譲ってしまった。いよいよこの世の誰も助けてくれる人はいなくなったように感じる。そんな俺にサヴァンさんはにっこり笑って手招きをした。おずおず近寄ると、彼は小さな声で耳打ちする。
「大丈夫。言っただろう? セレは君が思っているより、大人だし子どもだからね」
だからなんだって言うんだろう。ますます混乱する俺に、サヴァンさんは続ける。
「今の兄さんには誰の声も届かない。だからここは、もうひとりの当事者と話をさせるべきさ。兄さんはセレを特別大事にしているしね。それに君だって、ここでひとり考え込んでいてもわからないだろ、セレの気持ちなんてね」
それは、確かにそうだけど。こんな状態のシルヴィオさんと、連絡を絶っているセレを引き合わせて、本当に大丈夫なんだろうか。
これ以上無い程の不安を抱いてシルヴィオさんを見ると、彼は腕組みしたままこちらを睨みつけている。
「それにね、兄さんは──」
サヴァンさんは、一際小さな声で俺に囁いた。
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