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8-3 良質な睡眠のとりかたについて

 それから俺たちは、シルヴィオさんから真の理解を得るためにあれこれ画策をした。  ライガによれば、シルヴィオさんはまた彼の部屋を訪れて、それからしばらく一緒に過ごしているらしい。一宿一飯の恩を返さずに帰ってはエルフの名折れだ、と家事の手伝いなんかをしているそうだ。そうこうしているうちには、多少打ち解けてくれているということだ。  少なくともシルヴィオさんは、ライガとだけは話をしてくれる。愛した人と同じガリア族だからか、もしくは、愛した人と同じぐらい優しいライガだからか。  ともかく、そうして彼らが信頼を強めている間に、俺たちも準備を進めていく。幸い、俺の読みは完璧に当たっていた。だからきっと、なにもかも上手くいくはずだ。そうであってほしい。シルヴィオさんは俺に嫌な態度をとったけど、それでもセレのお兄さんだ。できれば彼にも幸せであってほしいし、嫌な義兄と思いながら生きたくはない。  その気持ちはセレも同じようで、一生懸命俺たちの手伝いをしてくれた。 「シルヴィオ兄様が私のことを思ってくれているのは、わかるからね。私と同じように人間を愛した結果、傷付いた心が癒されるというなら、私もできる限りのことをするよ」  そう語るセレは複雑な表情をしていたけれど、シルヴィオさんを助けたいという気持ちは本当だと伝わる。俺たちは手を取り合って様々な調整をしていく。  そんなこんなで、数日後。  俺たちはライガの部屋に集まっていた。 「こ、これは一体何の騒ぎだ。人間はもとより、獣人も、ましてや魔族まで……!?」  隣にいるライガに問いかけながら、シルヴィオさんは俺たちの姿に困惑していた。なにしろ、ここにはライガとシルヴィオさんの他に、俺とセレ、ヴァノンとニルジールまで駆けつけていたのだから。ライガのワンルームはそこそこ狭くなっていた。 「初めまして、アズマさんやライガさんの後輩で、ヴァノンといいます。今日はよろしくお願いします」  ヴァノンは丁寧にお辞儀をし、 「はじめましてぇ~、アタシはニルジール。ニルって呼んで下さると嬉しいわ。睡眠療法士をしているの。よろしくねぇ」  ニルジールは多少慣れ慣れしい。 「よ、よろしくと言われても、だ。一体彼らは……?」  その問いに、俺は事前に印刷した資料を取り出しながら答える。 「とりあえず、こいつらの説明は後で。まずシルヴィオさんに大事な話をしますね」  ちょっとした冊子になった資料をシルヴィオさんに渡す。彼は訝しげな顔をして受け取った後で、それを見て目を丸めた。 「これは……家系図、か? …………ラゼルの名がある。ラゼル・アードラー……」  指でその名前をなぞるシルヴィオさんへ、俺はうなずいて語り始めた。俺たちの調査の成果を。 「シルヴィオさんが、ラゼルさんのフルネームを覚えていてくれて、助かりました。そうじゃなかったらかなり苦労したと思いますから。エルフにはエルフの文化があるように、ガリア族にも独自の文化があります。そのうちのひとつが、血の継承と人生の記録です」 「血の継承……人生の記録……?」  不可解そうに繰り返したシルヴィオさんに、ライガは懐からネックレスを取り出した。そこには金属でできた板がぶら下がっている。  さながら迷子札のようなそれには、細かな模様が描かれているように見えるが、それはよく見るとびっしりと刻まれた文字なのだった。 「そーそー。コレ、俺の名前とか血筋、それに来歴とかを記録してる石なんスよ。ガリア族なら大体持ち歩いてるし」 「……確かに、ラゼルもそういうものを持っていた」  ガリア族は戦士の一族だ。戦場でいつ倒れてしまうかもわからない。だから彼らは、子孫を残すことと、生きた証を残すことに執着した。その結果生まれたのが家系図と、詳細な来歴を記録する石を作ることだ。平和になった現代でも、その慣習だけはしっかり受け継がれている。 「つまり、ラゼルさんがどうしてエルフ郷へ来て、いなくなり、そしてその後どうなったのか。全て石に記録されているはずなんです。そして、血縁のガリア族にはいつでもそれを閲覧する権利があります」  シルヴィオさんの元へラゼルさんが訪れたのは数百年前。ガリア族は小さな部族だから、基本的には血族同士の混血が進む。戦士たちは早死にを恐れ、できる限り若いうちに少なくとも3人の子供を作ることを尊び、一夫多妻制を取り入れていた。  その結果、どうなったか。 「ラゼルさんもまた、3人の子供を残しました。今はラゼルさんから数えて、約12代目の子どもたちが生きている時代です。彼らは血の繋がりを複雑にしながら少しずつ増えていき、苗字が変わった例もたくさんいた。つまり……」  俺はライガを指差し、はっきりと言った。 「そこにいるライガは、ラゼルさんの血を継いでいます」 「……君が、ラゼルの……?」  シルヴィオさんがライガをじっと見つめている。ライガのほうは照れ臭そうに「子孫でーす」と笑っていた。シルヴィオさんにとっては何百年も待ち続けた相手の子孫なんだから、もうちょっと言いかたあったんじゃないかと思うけど、まあライガらしくはあった。 「……だが、それとこの騒ぎがどう繋がるというのだ」  シルヴィオさんはライガから目を逸らすと、俺たちを順に見る。 「ヴァノンはカウンセラーで、今回は助手をしてもらいます。ニルジールは睡眠療法士なので、相手が見る夢をコントロールできます。俺たちはそれが悪いほうに働かないかどうか、見届ける役目をするって考えてもらえれば」 「……待て、私に何をするつもりだ、君たちは」  何か嫌な予感がしたらしい。後ずさりするシルヴィオさんを、ライガは「だいじょーぶ」となだめた。 「オレのダチらはちゃんとした資格を持ってるプロだし、変なことしないって」 「そういう問題では……」 「シルヴィオ兄様。アズマの提案だけでも聞いて頂けませんか? 彼らが兄様のtためを思って、色々尽くしてくれていたことは私が保証しますから」  セレの言葉に、シルヴィオさんは困ったように俺たちを見る。セレが穏やかに微笑んだものだから、シルヴィオさんも諦めがついたのかもしれない。黙ったままうなずき、続きを促してくれる。 「俺がラゼルさんのその後を語るのは簡単です。記録に残ってる通り読み上げればいいだけですから。でも……シルヴィオさんは、できれば本人の口から聞きたいんじゃないかなって思って。たとえそれが夢だとしても」 「……本、人……?」  シルヴィオさんは、呆気にとられたような顔をして、俺たちを見つめた。  ガリア族の血縁は、複雑かつ濃い。ライガには間違いなく、ラゼルさんの血が流れている。一般的には、マナの記憶が宿るとも呼ばれていた。その血液、肉体、魂のどこにあるのかは未だ判明していないけれど、確かに繋がりが残っているのだ。  ラゼルさん記録とライガの血、そしてニルジールの操る夢、それをエルフにも合うよう調整するセレ、深い眠りの中で彷徨わないようコントロールするヴァノンと、見届ける俺。  俺たちは協力して、シルヴィオさんと彼の想い人を、数百年のときを越えて再会させることにしたのだった。  最初は難色を示していたシルヴィオさんも、思うところはあったらしくそのうち受け入れてくれた。本当は、ラゼルさんをずっと待ち焦がれていたのだろう。でなければ、おかしい。口では人間が嫌いそうなことを言っているのに、完璧な人類共通語を扱うなんて妙なのだ。  シルヴィオさんはずっと待っていた。ラゼルさんでなければ、彼の子でも孫でも、誰でもいい。いつか帰ってきて、どうして突然いなくなってしまったのか、その理由を聞きたかった。だから、シルヴィオさんはずっとずっと、人間のことを調べ続けていたんじゃないだろうか。  表向きは人間と文明を嫌い、避けていたとしても。心の奥ではずっと。愛しい人を待ち続けていたのだ。  だからこそ、セレと俺のことを認められなかった。自分と同じようにならないよう、止めなければいけなかったんだ。  ヴァノンによるカウンセリングの後、シルヴィオさんにベッドへ横になってもらい。ライガがその手を握る。あとはシルヴィオさんには眠ってもらい、ニルジールの作る夢へ誘導すれば、見たい夢を見せられる。元々エルフは眠るとき、夢の園へいく能力があるから苦労はしないはずだ。その調整は同じエルフのセレにしてもらう。  シルヴィオさんは、不安げに俺たちを見上げた。 「大丈夫ですよ、シルヴィオさん。ニルジールはプロですから」 「そうヨォ~、お兄様。安心してくださいな、大切なのは信じる心なの、きっとステキな夢を見られると、強く信じること」  ニルジールが営業スマイルでそう薦める。実際、そういうものらしいとはヴァノンからも聞いている。絶対に騙されないと信じている人間に催眠をかけるのはなかなか難しいそうだ。だから施術より事前の話し合いで、信頼を勝ち取ることも大切。幸いシルヴィオさんはライガには心を許しているところがあるし、どうにか上手くいきそうだ。  実際、彼はやめるとは言わなかった。そして時間をかけて、シルヴィオさんは眠りに落ちていく。俺たちは最善を尽くして、祈るしかない。  シルヴィオさんにも、良い答えが見つかりますように、と。

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