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追いつけない 4
「レンシアさん!」
暫く歩いていると、誰かが駆け寄ってきてレンシアは振り返った。
すらっとした背丈の生徒は、十家の一つであるリチャーデルクス家の子息、イオンだった。
彼は長い足であっという間にレンシアに追いつくと新緑のように爽やかに輝く瞳で見下ろしてくる。
「あの、体調…もう良いんすか?」
「ええ。すっかり…
…その、あなたにはとてもご迷惑をおかけしてしまいましたよね…」
食堂で、様々な力を一斉に使ってしまっていたレンシアは魔力切れを起こしかけてしまったのだ。
彼はそれにいち早く気付いてくれて、医務室まで運んでくれたらしかった。
「そんなのは全然良いんすけど…あんまり無理したらダメですよ
昼ご飯もちゃんと食べたんですか?」
昼食を抜いている事を何故か見抜かれてしまい、レンシアはどう言えばいいか分からず苦笑した。
彼は別のクラスだし“疎通”の授業で同じというだけの関係性だ。
その授業でも助けられた事があって面識があったのだが
それだけといえばそれだけなのである。
「エルメーザ様に良くしてくださっているのですね…
俺の所為で…傷付けてしまったのではと思っていたのですが…」
「レンシアさんの所為じゃないですよ。
エルメーザくんは頑張り屋さんすぎてちょっと病んでるというか…」
「頑張り屋さん…?」
随分と可愛らしい言い方で表されているエルメーザに、レンシアはつい眉根を寄せてしまう。
それは間違いではないのだけれど、彼には次期皇帝が一体どう見えているというのだろうか、と。
「…あなたに冷たく当たってしまうのも多分…
どうしたらいいか分からないんじゃないかと…」
“疎通”を授かっている彼もまた、何か人よりも聡い部分があるのかもしれない。
エルメーザの心の中が複雑怪奇で、
彼自身もまたそれに翻弄されている事はレンシアも感じていたので静かに頷いた。
「分かっていますよ。
分かっているのに…俺が…つい、あの方を逆撫でしてしまうようなことを言ってしまうから…」
卑しい身分で隣に並ばれるのも、だけど婚姻せねばならないことも。
せめてもっと近しい立場でさえあれば、違ったかもしれない。
それとも、
自分がもっと愛らしい見目であれば?
もっと賢くあれば?
そんなどうしようもない事を考えてしまって、
レンシアは気が付けば本をぎゅうっと握り締めたまま俯いてしまっていた。
「レンシアさん…」
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