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追いつけない 5
どこか不安げに顔を覗き込んでくるイオンに、レンシアは慌てて微笑みを浮かべた。
「……十家のあなたや…聡明なサンイヴンさんであれば
きっとエルメーザ様も心を許せるのでしょう
お立場のあるお方ですから…何もかも円滑にとはいかないかもしれませんが…よろしくお願いしますね」
「俺は…レンシアさんも…、心配なんですけど」
「…え、…?」
「レンシアさんにとってエルメーザくんが大切なのは分かるけど…
自分の事ももっと大切にした方がいいと思います…」
優しい木漏れ日みたいに、その瞳は穏やかに輝いていてじっとこちらを見下ろしてくる。
以前にもそうやって、優しく諭すように、だけど真剣に見つめてもらった。
その眼差しが眩しく見えて、レンシアは目を細めてしまう。
彼はきっと誰に対してもそうなのだろう。
だからあんな風に人が集まって、エルメーザも心を許している。
余裕がある、というか。なんだか一段高い所から見守っているみたい。
だけどそれを鼻にかける様子もなくて。
「俺なんかに…そんな風に気にかけてくださって……
…嬉しいです…
でも、大丈夫です、もっと……努力して然るべきなのは分かっていますから…」
レンシアが答えると、彼は小さく息を吐いて口を歪めている。
それはどこか呆れているようにも見えるのだ。
「レンシアさん…あのね…」
「……っ…!?」
レンシアは急に感じた凄まじい闇の気配に、思わず身体を強張らせた。
まるで冷気のように、深淵のように、暗くて邪悪で、ナイフを向けられているような鋭い視線。
イオンの背後を覗き込むが、そこには廊下が続いており
談笑する生徒が何人かいるものの、そのような気配を発している人間はいないように思う。
「…?どうしたんですか…?」
イオンは不思議そうにレンシアの目線を追って振り返ったが、特に変わった様子はないと首を傾けながら不思議そうにしている。
だけどレンシアは、その一瞬感じた恐ろしい気配に汗が噴き出していて
身体の内側が震え出すようだった。
「……なん、なんでもないです…」
レンシアはそう呟きながらも本を握り締める。
「ごめんなさい…もう行かないと……」
そう言いながら、ろくにイオンの顔も見れずにレンシアは彼に背を向けて早歩きでその場を立ち去った。
今はもう見る影もなく消えてしまったが、
あの気配は確かにこちらに向けられていた。
まるで、殺意、のような。
そんな、気配だった。
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