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悪い夢 1

なんだか酷く疲れてしまって、 その日の夜は大して自習もせずに早々にベッドに横たわってしまったレンシアだった。 エルメーザは机に向かっていたので、その背中に背を向けるように布団に潜り込んで目を閉じた。 あの邪悪な気配がずっと身体にこびりついていて、 たった一瞬なのにこんなにも自分を蝕んでいるということが尚更恐怖だった。 まるで呪いのような。 だけど黒魔術は禁じられているはずだし、学びたくても学べるものではない。 理論や数式が分かっても、普通の魔法使いが扱えるような代物ではないのだ。 だとすれば、別の存在? 考えれば考えるほど恐ろしくなって、 レンシアは気絶するように眠りの世界に陥った。 普段はあまり夢を見ないのに、 その夜は妙に生々しい夢を見た。 孤児院にいて、見慣れた窮屈な部屋の中にいると 部屋の隅の暗闇からじっとりとした視線を感じるのだ。 その気配は蹲って息を潜めているようで、 だけれどうるさいほど混沌とした気配を漂わせていて それと目を合わせてはいけないと直感している。 『イイナァ…』 仄暗く、不気味で、憎悪のような。 羨望を口にする声が絡み付いてくる。 『イイナァ…イイナァ…ホシイナァ……』 その声を聞いてはいけない。応えてもいけない。 誰に教えられなくても本能でそう解る。 『キミノモッテイルモノ…イイナァ…ゼンブ…ホシイナァ…』 背後から忍び寄る気配に、呼吸が乱れ嫌な汗が伝う。 じわじわと、闇が迫ってくるように 生暖かい空気が背中を撫でて、身体の芯が震えてしまうのだ。 怖くて叫び出したい。 それを必死に堪え、飲み込まれそうな闇に争うことしかできない。 だけどいつかきっと追いつかれて飲み込まれてしまうに違いない。 そうして何もかも奪われてしまうのかも。 そんな恐怖がこびりついて離れなくて。 叫び出したいけど、声が出ない。

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