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金羊の糸 5

ふ、と。入ってきた感覚は少しだけゾッとするようなものだった。 レンシアは思わず部屋の中を振り返る。 そこには自分以外誰も居なかったが、 なんだか妙な感じがしてつい立ち上がってイオンのベッドへと近付いた。 特になんの違和感もない、ちょっと布団が乱れているくらいの普通のベッドだった。 「……なんだろう…」 レンシアは枕にそっと片手を触れて、目を細めた。 少しだけ意識を集中させると、遠くから音が聞こえてくる。 ぴ、ぴ、ぴ、と一定のリズムで鳴っている不思議な音。 聞いたことのないような音にレンシアはそのままの状態でそっと目を閉じて、感じようとした。 寂しくて、辛くて、苦しくて 少し、悔しい。 白い天井が見えて、息苦しさとだんだん意識が遠のいていく感覚があった。 もう少し意識を集中させると、見知らぬ男の姿があった。 白いベッドの上に寝ていて、痩せ細っていて、目は虚ろに薄く開いていた。 腕からはいくつも管が伸びて、ぴ、ぴ、と音が部屋に響いている。 男の目から、つ、と涙が一粒零れ落ちた。 さようなら。 その感覚は、何度味わっても慣れる事もなく もう二度と味わいたくないと思ってしまう凄まじい感覚。 死、の感覚。 「……っ…!」 レンシアは飛び退きながら目を見開き、よたよたと後退りして自分のベッドに躓きそのまま頽れた。 「っ…い…、今のは……?」 片手で顔を覆いながら、恐怖が思い出されて体が震えてしまう。 一瞬見えた男の姿。 見覚えのない人だったけど、なんだか、知っているような気がした。 そしてそれが何故イオンのベッドで“見えた”のかは分からない。 こんな事が起きたのは初めてだったが、きっと記憶の魔法なのかもしれない。 「………イオンさん……」 彼は本当は一体何者なのだろう。 だけどそんな事よりも、彼に死の感覚が付き纏っているのだとしたら、と思うととても居た堪れなくなってしまう。 「……そうだ…」 レンシアはふ、と思いついた事があり机へと走った。 そしてノートに軽く下書きをする。 こんな事をして、何になるのかはまるで分からないけれど それでも何か彼のために、手を、動かしたかった。

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