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呼ぶ声 5

檻の前は人集りが出来ていたのに、気が付くとレンシアは檻の中にいて 目の前に巨大なドラゴンの姿があった。 美しい白銀の身体を畝らせながら、銀色の大きな瞳に見下ろされる。 『……おまえを探していた。ここで待てば会えると踏んだ』 「…何故?」 『理由などない。ただ預けたいものがある』 後ろに居たもう一匹のドラゴンがこちらへ近付いて来て、レンシアの元へその大きな頭を差し出してきた。 レンシアが咄嗟に両手を伸ばすと、ドラゴンは口からポトリと何かをレンシアの手に落とした。 それは片手に収まるくらい小さくて黒く、丸っこい石のようなものだった。 「これは……?」 『我らのものではない。我々も預かっていたものだ。』 「…どうして俺に?」 『その者の意志だ』 その者、とはこの石の事だろうかとレンシアは手の中の塊に目を落とした。 丸っこいけど少しゴツゴツしていて硬くて。 黒曜石のように黒く輝いている。 『人間とは不便なものだろう。 愚かで、脆く、手間が多い。 感情という道具に振り回され、肉体という毛皮を食い繋ぎ、それらを維持しなければ存在すらできないのだから』 「…ええ…でも……、だからこそ、愛おしいのではないでしょうか…」 その言葉は自分でも驚くような言葉だった。 こんなにも、人に傷つけられて人に辟易していたのに。 二匹のドラゴンはじっとレンシアを見つめてくる。 『やはりお前は変わったやつだな…我らには全く分からぬが… お前がいいのならいい。不便を楽しむが良い』 「……俺のことを知っているのですか…?」 『愚問だな。全ての魂は、所詮同じだ 我らは全て知っている。そしてお前も全てを知っている』 「それは…どういう……?」 レンシアの質問に答える前にドラゴンは翼を広げて飛び上がった。 『では、確かに預けたぞ。 さらばだ。“ᚴᛖᚱᛁᚾᚵᚢ”…』 二匹のドラゴンは、湿った風を纏いながらどんどん空へと昇っていった。 優雅に美しく翼を羽ばたかせながら、 それでもかなりのスピードであっという間に星のように煌めいて溶けていった。

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