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踏み台 4
「……あの、イオンさん…」
「はい?」
レンシアは勇気を出してローブのポケットに手を突っ込んだ。
そして一枚のハンカチを取り出す。
「これ……」
おずおずと彼に差し出すと、イオンは不思議そうにしながらも受け取ってくれた。
「えっと…俺に?」
レンシアはこくりと頷いた。
「お礼…というほど大したものではないかもしれませんが……」
「え…、嬉しいです…!ありがとうございます…」
彼はそう言いながらもハンカチをじっと見つめているので、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「わ…すごく綺麗…これは…刺繍かな?」
「もう、あんまり見ないで!」
「いって」
レンシアは思わず彼の胸を軽く叩いてしまった。
何故こんな事をしてしまうのか自分でも分からなかったが、なんだか愉快な気分になってきてしまうから不思議だった。
「ふふ。行きましょう、イオンさん」
レンシアはそう言って彼の腕を引っ張るようにして歩き出した。
今まではきっと狭い世界にいたのだと思う。
自分を矯正させるような人間ばかりと出会っていたから、人間は全てそうだと思い込んでいた。
だけど本当はそうじゃなかった。
大切にしようとしてくれる人も、
話に耳を傾けてくれる人も、そんなに頑張らずとも良いと言ってくれる人も
探せばいくらでもいたのに。
世界に引き篭もっていたのは自分だった。
だから窮屈に思えていたのかもしれない。
自分を縛っていたのは、きっと、自分だったのだ。
彼はきっと分かっていたのだろう。
だから、自分を自由にしろと言ってくれたのかもしれない。
彼のおかげで勇気が溢れたのだ。
自由になってもいいと、自分で自分の枷を外す勇気が。
本当は、誰と話しても何を思っても良かったのかもしれない。
まるで空を飛んでいくみたいに、
好きな場所へ、好きなように。
心が、赴くままに。
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