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あちらの存在 5

「腹いせ…?本当にそう…なのでしょうか…? そうなってしまう理由があるはずです… あなたの中に……あるはず……」 『う ぅうう 黙 れ ……』 「……やるせない思いを…なにかにぶつけたいのでしょう? それとも…寂しくて壊れてしまいそうな、不安や焦燥感を… 抱えきれない思いが、溢れてきてしまって…目の前の何かにただただ、ぶつけるしかなくて…」 『黙れ … 何 モ 知ら ナ い くせ ニ……』 レンシアは真っ黒な空間を見回した。 この存在は、こんな所にずっと一人でいるのだろうか。 一人だと、思い込んでいるのかもしれない。 「…怒りをぶつけてもどうにもならない… 何かを殴り付けても、自分の手が痛いだけですよ。 悲しみや不安は全てを見えなくさせてしまう。 何もない、と。救いも助けもないと。 本当はたくさんあるはずなのに…思い出せなくなる」 この空間は、本当に真っ黒なだけなのだろうか。 あの部屋の隅で泣いていた存在のように。 自分を隠すように真っ黒に塗りつぶして、自分が何なのか分からなくなってしまったような。 レンシアはそっと両手を組んで、祈った。 「俺は……、ここに魔法を置いて行きます… いつか…あなたが、自分がなんなのか思い出せるように……」 目を閉じて、ただ祈った。 かつて、自分もそうだった。 一体自分が何者なのか、何をすればいいのか、分からなくなって苦しんでいた。 だけど教えてもらったから。 それを祈っていたかった。 自分が自分であると常に思い出せるように。 世界が優しい光に包まれて、レンシアはぽろぽろと泣きながらその魔法を放っていた。 全部あげたっていい。何もいらない。 あの人が、ただ、笑っていてくれれば。

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