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全てを置いてきた理由
目が覚めると、身体が暖かな何かに包まれていて
身体がすごく重たくて怠いはずなのに、不思議と嫌ではなかった。
そんな風な心地は何度も知っているはずだったのに。
まるで別物みたいに、心が安堵していて満たされているような感覚だった。
顔を動かすと、イオンの寝顔がすぐ近くにあってどうやら彼に抱きしめられているらしかった。
こんなに近くに居られるなんて思いもしなかった。
手を必死に伸ばさなくたって、触れ合う距離に居られるなんて。
「イオンさん…」
レンシアは不意に泣きそうになりながらもっと身体を寄せて、彼の胸に口付けた。
「…んん……」
するとイオンは唸りながらも投げ出されていた片手でレンシアの背中を引き寄せて、ぎゅう、と抱き締めてくれた。
まだ眠りの世界にいるらしい彼の胸に顔を埋めながら、その香りと体温に包まれていて
視界が滲んでいってしまう。
昨日だって幸せでたくさん泣いたはずなのに。
「……どうしよう……」
こんなに、こんなに満たされていていいのだろうか。
頭の中が、好き、という言葉でいっぱいになっていって胸が幸福で満たされていってしまう。
幸せで幸せで、嬉しくて堪らなくて。
ずっと一緒にいたい、と思ってしまう。
ずっとずっとこうしていたいと。
その朝はすごく穏やかで静かで、まるで全部が輝いているみたいに美しかった。
産まれて初めて、こんな気持ちになれたというくらいに
心が軽やかで幸せだった。
まるで自由に、空を飛んでいるみたい。
ありもしない翼が生えてしまって、どこまでも好きな場所へ
自由に飛んでいけるみたいに。
全てを簡単に飛び越えてしまえるような、
そんな力を、得たみたいに。
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