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もう充分 1

「…レンシアさん…」 「…はい…?」 「俺…レンシアさんのこと幸せにするから……」 イオンは真顔でそんなことを言いながらも顔を近付けてくる。 目が座ってるし酔いすぎて寝惚けているのだろうか。 「も、もう充分ですよ…、ん」 不意に口付けられてしまったが、レンシアはそれだけで頭が蕩けてしまったみたいになる。 少々お酒に入っているせいかもしれないけど、つい彼に手を伸ばしてしまう。 「っ…はぁ…、ん…、っ…」 口腔に彼の舌が侵入してきて、それを押し返すように舌を突き出し絡め合った。 ちょっとお酒の味がしたけど、そうしているともっとしたくなってきてレンシアはついイオンの身体を撫でて抱き寄せるようにした。 「…どこにも…行かないで、レンシアさん……」 緑色の瞳は少し濡れていた。 わざとそうしたわけではないけど、何度も彼を不安がらせてしまっているのは事実だ。 侯爵もフィヲも受け入れてくれたけど、自分の身に降りかかってしまう運命によってまた騒動が起きないとは言い切れなくて レンシアは今でも少し迷っていた。 「……俺は…“レンシア”であると同時に…、嘘吐きで…、国家反逆を疑われたような人間でもある… 癒しの魔法を授かり…ドラゴンと共に生きる事になって…、でも孤児院出身者で…、今は…身元を誰も保証してくれないような小庶民です… それは、俺から切っても切り離せないような“事実”…」 自分が自分でいれば、とイオンは言ってくれているけど 世間で言われるような事も“自分”であるのだ。 それらが連れてくる出来事は、いつだって自分の身に降りかかるだろう。 彼がイオンであると同時に、十家の嫡男であるように。 「でも、それでもずっと…あなたの側にいたいと思っている…、これが俺の本心です… 例えどんな事になっても…俺はあなたを愛しています…その事は、ずっと本当で、変わりません…」 150年拘束されても、処刑されるような事になったとしても、その気持ちはずっと変わらないだろうと思っていた。 だから諦めて、なんてとても言えないけど、その嘘偽りない気持ちは知っていて欲しかったから。

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