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第8話 明日、水族館に行こう

冷房の効いた図書館は、平日でも意外と人が多い。 新聞見に来てるおじさんとかいて、子供は絵本を見に来ている。 光輝と並んでいつもの席で勉強していると、光輝がトンと横からすり寄ってきた。 「なに?」 「明日、休みだから野外勉強デートしない?」 光輝の言葉に、冷司がため息を付く。 喜ぶと思っていた光輝が、あれ?っと慌てた。 「え?嫌だった?ごめん」 「違うよ、僕は電車が駄目なんだ。 それに……お金、持ってないんだ。恥ずかしいんだけど……ごめんね」 お金が無い。使うにも、理由が必要だ。母親の納得する理由が。 それだけで、お金を使う場面では、頭の片隅でひたすらお金の計算をしている。 「ああ、なんだ、そう言うと思ってバスの路線調べた。 もちろん、無料ご招待ですよ? 水族館に行こうぜ、水の中の生物調査」 「なにそれ、あはは!」 思わず笑い声が出て、しんとした図書館にパッと口を塞ぐ。 「いいね、じゃあ勉強に行こう」 「よし、待ち合わせは明日の9時図書館前。 午前中勉強で、昼食ってあとはマジデートってどう?」 「わかった。フフッ、久しぶりだな。外に行くの」 「お前ほんと家とここの往復なんだな。 なんか身体ガリガリだし、ちゃんと食ってるのか?無理して疲れないようにしないとな」 光輝の心遣いに、思わず冷司の目に涙が浮かぶ。 「おいおい、ちょ、泣くなよ馬鹿」 「うん、泣かない」 ゴシゴシ涙を冷司が拭く。 しまった、ハンカチ持ってない。光輝はハンカチは必需品だと痛感する。 なんでこんなに涙もろいのかわからないけど、そんな冷司を守ってやりたくなる。 「ほんと、可愛いよな……」 ささやいて、光輝がキョロキョロして耳打ちする。 「左手、机の下に降ろせよ」 「え?」 何だろうと左手を下ろすと、光輝がピタリと身体を寄せ、手を探ってギュッと手を握ってきた。 ハッと息を呑んで握り返す。 「冷司の手、ほんと冷たいんだから。 冬はどうなるんだ?」 光輝が苦笑する。 「でも、心はあったかいよ」 かすれた声でささやいて返す。 また泣きそうになる。 「泣くな、キスしたくなるから」 「うん」 冷司にとってそれは幸せな時間で、心臓が幸せに踊るように早鐘を打つ。 「明日が楽しみで、僕の心臓止まりそうだよ」 「おいおい、そんなんじゃ俺はどうすればいいんだ? お前の心臓、預かっておくよ」 プッと冷司が吹き出し、繋いだ手を机の下で両手で包む。 「光輝の手はあったかいね。僕の心まであったかくなるよ」 「明日な、明日、抱きしめてやるから」 ポッと赤い顔で、こくんとうなずく。 こんなに幸せでいいのかと、少し不安になる。 やがて光輝の出勤時間になって別れると、1人勉強を続ける冷司はほうっと息を吐く。 隣の光輝が座っていた席を撫でて、幸せそうに目を閉じた。 夕方ラッシュ前の頃、いつもの時間のいつものバスで帰ると、冷司は母親に気取られないようにひっそり過ごした。 夜、部屋に鍵を掛け、本棚の一冊の本をめくる。 高校の時のお年玉から、ずっと隠していた一万円札を取り出して、小さくきれいに畳んでキーホルダーのマスコットの中に隠した。 何度も気になって確認する。 大丈夫、取りにくいけど見つからない方を優先する。 夜、楽しみで、なかなか眠れない。 やっと眠った彼は、夢の中で光輝と楽しく過ごす自分の姿を、目で追う変な夢を見た。 2人は、はつらつとして幸せそうで、一緒に歩いて、走って、駅へと向かっていく。 自分はまるで、駅に壁があるようで中まで追えない。 気がつくと杖がなくなって、どうしても見つからない。 どうしよう、置いて行かれてしまうと焦っていると、光輝と一緒の自分が振り返って、追えない自分を笑って手を振り消えて行く。 うらやましくて、苦しくて、泣いたところでパッと目が覚め、しばし胸を押さえて苦笑した。 大丈夫、光輝は僕を置いて行ったりしないもん。 大丈夫、大丈夫だよ。 そう、自分に言い聞かせる。 光輝の顔を思い浮かべると、フッと身体が軽くなって、よく眠れた。 「朝だ。やっと、うふふ、良かった、体調もいいみたいだ」 ドキドキしてちょっと早めに起きた冷司は、そっと足を忍ばせ階下へと降りて行く。 洗面所で髪を解き、跳ねてるクセ毛を直していた。 「なに?随分丁寧ね。何かあるの?」 洗濯物を持った母が、通りかかって眉をひそめる。 「なんでもない、なんか気分がいいんだ」 「カバンを出しておきなさい。見てあげるから」 「わかったよ」 見てあげると言う言葉に、冷司が緊張する。 以前は財布を見て、減っているお金を補充するだけだったのに、母親の行為はどんどんエスカレートしていく。 冷司は結局は2人で暮らすしかない母親を刺激したくないので、彼女の言動が苦痛になっていることを、兄にも父親にも言えないでいた

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