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これが崩壊ですか - 5
「あ、おい………っ!」
何とか声を絞り出すと、ようやくチャラ男が離れた。途端に、呼吸が荒くなる僕、情けなさすぎる。
チャラ男に、じ、と顔を見られる。その顔は若干紅潮していて、目は潤んでいる……チャラ男の癖にエロいし綺麗だし、ムカつくなその顔。
どれくらい時間経ったか分からない。クシュン、というくしゃみで、ハ、と我に返った。チャラ男も同じだったようで、二人でカッと赤面した。
「ご、ごごごごめんね。えと、その、ノノっちごめんね!」
「お、おおおう。とりあえずそこどけろよ、うん」
シュタ、と素早い動きで横にどけるチャラ男。
「と、とりあえず僕片付けますから、ち、チャラ男君は先に風紀室に行って先輩のとこに行ってあげてください。ははっ」
ははって何だよ、僕。
恥ずかしくて顔見れないんだもん仕方ないじゃないか。
「う、うん。じ、じゃあよろしくね」
よくよく考えたら、チャラ男口調なくなってたな。動揺してるのだろう。僕もだけど。
チャラ男はマリモを脇に抱えてさっさと行ってしまった。
「……ふぅ」
扉が閉まってしばらくして息を吐いた。
まだ、頭が混乱しているから必死に落ち着かせているのさ。
でも、あの、うん。凄く心臓バクバクしてます。
「何で僕がキス一つに振り回さなくちゃ……」
ポロポロと、涙がこぼれてくる。驚いて抑えようとするが、逆に嗚咽が漏れてくる。
「グスッ……くそぉ……」
ちょっぴりショックだったのは否めない。
誰だってそうでしょう。ファーストキスの夢を見るでしょう。好きな人と初めてはしたいでしょう。
それが、なんだよこの漫画みたいな展開。
止めようとすればするほど止まらない涙に、僕はその場でうずくまるしかなかった。
………
「歩っ」
落ち着いた頃、聞き覚えのある声がして顔を上げる。泣いたせいで目も痛いし頭もぐわんぐわんする。
「沙羅たん……」
「何うずくまってーー」
沙羅たんは、僕の顔見て凄く驚いた顔をしている。可愛いです、ありがとうございます。
「何で泣いてるんだ」
近くまできて、顔を覗かれた。その、久しぶりにまともに見た沙羅たんの顔にほっとしたのか、また涙がこぼれた。
「え、え、なっ何?」
「僕も分からないよぉ……っ」
うえぇ、とまた僕は泣いてしまう。ほんと情けない。
ポロポロと止まらない涙に再び困惑していると、ふわ、と沙羅たんの匂いがした。抱きしめられて、頭を撫でられる。
じわじわと暖かさが胸に染みる。
「勘違いすんなよ。何があったか知らねぇけど、寛智を教室でこれ以上待たせてられねーだけだからな」
そんな憎まれ口の裏にある優しさ好きです。沙羅たんの声は震えてるし、顔も真っ赤だということは口に出さずにいます。それで殴られたら困るからね。
………
どうやら、あの後5分くらいで涙は止まった。その後トイレの洗面で顔を洗う。鏡で自分の顔を見ると、若干目が赤いが寛智に見られても大丈夫そうだ。
「終わったか?」
トイレを出ると、沙羅たんが壁に寄りかかって待っていた。
「うん、沙羅たんありがとう」
笑ってお礼を伝えると、別に、と恥ずかしそうに顔を背ける。
「早くプレハブ行くぞ。寛智待ってるから」
というか、今気づいたのですが
「雨、降ってない?」
「因みに雷も鳴ってるから。渡り廊下使って帰るぞ」
あーれまー。全然気づかなかったわ……。
「あのさ、沙羅たん何でさっき抱きしめてくれたの?」
あと、背中さすってくれたし。
「……中学の頃、翔がよくしてくれたから」
翔先輩、グッジョブ。
「昔もそうして泣き止ませてたんだって」
「ほう……」
「な、何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪い」
「いやー、沙羅たん泣き虫だったんだって思っただけだから」
「……寛智に歩が泣いてたこと教えてやろう」
「僕が悪うございました。それだけは勘弁して」
などと会話している間に教室へ着いたようだ。僕は「寛智お待たー」と扉を開けると
「はれ?」
寛智が見当たらない。どこ行きやがったあいつ。
「机の下にいんじゃん」
沙羅たんは教卓の陰にうずくまる茶髪を指差す。
「あ……歩たんと沙羅たんおかえり」
寛智ったら顔が真っ青だ。
「大丈夫?」と僕は背中をさする。
「いや、ちょっと吐き気がするだけですよるひぃっ!!」
雷の音と共に悲鳴を上げる寛智。こいつ、雷駄目なのか。
「あんた、雷が苦手なのか?」
沙羅たんも同じことを考えていたようで、首を傾げる。
「い、いいや……苦手と言いますか、雷の音を聞くと吐きたくなると良いますか……ウェッ……」
寛智は、今にも吐きそう。雷が鳴っているから、沙羅たんと一緒に来なかったのか。なるほど。
「とりあえずトイレ行こう、な?」と言って僕は背中を向け寛智をおんぶする体制になる。
「あ、歩たん優しい……明日絶対雨降るw」
僕がいつも優しくないみたいに言うな。勘違いするだろう、読者様が。
とりあえず寛智を寮まで運ぶ。意外と僕ってば力持ち。
「ごめん沙羅たん、エレベーター使うね」
「別に」
沙羅たんはさっさと階段の方へ去ってしまった。
僕は、雷が鳴る度に小さく悲鳴を上げる寛智を抱きながら、エレベーターを待つ。
「おい貴様」
僕、俺様会長に出会う。同じ建物だから入ってくるのは仕方ないんだけど、今回はタイミング悪っ。
「こんにちは俺様会長。何か用ですか? 転校生マリモのケツを追いかけなくていいんですか? てか何の用ですか?」
淡々と言う。「歩たんカッチョヨス」とか呟く腐男子、黙りなさい。吐いたら置いてくよ。
「俺様……っ貴様、無礼だぞ俺様を誰だと思っている! てか、朝日を追っているって……俺様は別にそんなんじゃ……っ」
怒鳴ってきたと思ったら顔を真っ赤にしてもじもじしないでくださいキモイです早く寛智を送りたいんです。
あ、エレベーターがやーっときた。
「ひとつ聞いて良いですか?」
ひとりの世界に浸っている俺様を引き戻す。てか、何で声かけてきたん。
「仮に、僕があなたを殴ったり、今みたいに馬鹿にしてもあなたは僕を性的な対象として好きになるんですか?」
「は? 何を抜かすか平凡。俺様はマゾじゃない。そんなことで好きになるか」
貴方マリモを好きになってるじゃあありませんか。
「ありがとうございますさようなら」
やっぱり馬鹿だわ、こいつ。
「ちょ、待て! 俺様は話があって……っ!」
とかなんとか言っていたが、扉は無情にも閉まってしまった。ちょっと踏み込めばこっち入ってこれるのにね、チキンか。
だけど、閉まる直前の会長の意味深な笑顔が目に焼き付いた。
『覚えておけよ』
ドッジボールのときに言われた言葉とあの笑みを重ねて、嫌な予感がした。
いやいや、僕何もしてないしね。
頭の中でも否定をしつつ、寛智を僕の部屋に連れていく。
「一応薬とかあるからさ、休んでおけよな」
寛智を僕の布団で寝かせる。風邪ではないとはわかってはいるが、やはり心配なのだ。今日学校はすぐに閉まるので心もとなかった。
「ちょっと飲み物買ってくるから、ちゃんと寝てるんだよ」
何か言いたそうな寛智にそう告げ、僕は部屋を出る。
……スポーツドリンクでいいかしら。ちょいと奮発してやんよ。
僕は自販機まで歩いていく。自販機は各階の踊場と両端の角張った見えない位置にある。僕らは端っこの部屋だからその端の自販機へと向かう。不思議と人がいないからちょっと怖い。
「ひっ!?」
自販機の前で財布を取り出そうとしたとき、頬にひんやりとした感覚を覚え悲鳴を上げる。
「情けねえ声」
そう言って、沙羅たんは呆れたようにため息を吐く。その隣には空たんがペットボトルを持ってクスクス笑っていた。
「空たん久しぶりー!」
興奮に後押しされて抱きしめようとするけど、沙羅たんに制される。
「ここは人目につかねえし、早く戻るぞ」
たしかに廊下の端っこだし陰になっているしね。
「分かった沙羅た――」
振り返った先で、誰かが振りかぶったのを見た。
「――--危ないッ!!!」
沙羅たんに目を向けたその後ろ。それを確認する間もなく崩れ落ちる小柄な体。
思わず駆け寄るが、彼に触る前に全身に痛みに似た何かが走り意識を奪われた。
意識が無くなる直前、視界の端で空たんが笑った気がした。
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