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これが崩壊ですか - 6
………
「う……」
誰かに揺さぶられ、ぼんやりしていた意識が目を覚ます。
「今何時――いてぇっ!?」
寝ぼけてつい呟いてしまうと、頭に激痛が走り飛び起きる。
「痛いっ絶対頭潰れた!」
頭を押さえようとするが、手を後ろで縛られていることに気づく。そこで、ようやく状況を把握した。
そうだ、僕……。
ここは、どこだろうか。薄暗く埃臭い辺り、全く使われていない建物だろう。てか、そんな建物壊しとけよ、だからこういう風に使われるんだぞ馬鹿やろう。
近くに、金髪の髪と白い肌がぼんやりと見える。これは、
「沙羅たんっ」
目を凝らすと、沙羅たんは口を布で縛られ、手だけでなく足首、膝部分も紐で縛られていた。僕が気づくと彼は器用にこちらに背を向け、手を動かす。肘部分だけでなく、手首、手のひらまで縛られている辺り、めっちゃ厳重だわ。
それに比べて僕は手首と足首のみ。何この差。
沙羅たん、何そのジェシチャーは。手を見ろ、てこと?
「あ……」
その手には小さい刃物が握られていた。どこに隠し持っていた!? 用意周到じゃない!
「受け取れってこと……?」
沙羅は顔だけこちらに向け頷く。僕も同じように背を向け……思ったよりムズいぞこれ。
これはアニメの世界ではよくあるよね。良かった寛智にお薦めされたアニメ観ていて。じゃなかったらパニックにならなかったもん。いや、今若干パニクってますけども。必死に冷静になるよう努めてますけど。
何とか沙羅たんに背を向け、ナイフを受け取る。2次元では簡単に紐切ってたけど、これ意外とむずいからね!?意外と力とか必要だからね!?
何とか手首に巻いてある紐を切り、沙羅たんの紐を……痛い! 蹴らないで!
「分かった自分のから切りますだから蹴らないで」
何とか僕自身の紐を切ったその時、
「おはよぉございまぁす!」
突然開いた扉と共に軽く明るい声が聞こえビクッと体が硬直した。眩しさに目を細める。その人たちに視線をずらす。逆光で外見しか見えないけど、何人かいるみたいだ。
すっ、と沙羅たんは僕の前に入る。何で縛られてるのに俊敏に動けるの君は。
怖い筈なのに、沙羅たんがいるだけで安心する。何とか落ち着きましたありがとうございます。
爽さんにもよく言われていた。なるべく平静を保ちよく周りを観察することって。ここで役に立つとは思わなかったけど。
と、いうことで、僕は周りを見渡す。
スーツに身を包み、サングラスをかけた大男6人。こいつらどう見ても学生じゃない。雰囲気が違う。
「そんな警戒しないで。今日1日俺らと一緒に遊ぼうよ、ね?」
ひとりの男が近づいてきて、僕らに笑いかける。この中のリーダーみたいな人だろうか。
その、サングラスの奥の眼光にゾクッと背筋が凍る。
「お、お前ら誰だ」
震えた声で問う。首を傾けてこちらに視線を合わせられるが、沙羅は一歩下がり僕を隠すように遮る。
「それはね、一般人君が知ることじゃないよ」
……怖い。
体は震えていたけど、頭は必死に冷静さを保つ。
沙羅たんが僕の紐が解けてることを隠してることとか、男達が塞いでいるあそこだけじゃなく、左の真っ黒な厚手のカーテンの奥にあるであろうガラスを破って出られそう、とか。
爽さん達が絶対僕らを見つけてくれる、とか。
「2人が目を覚ましたことだし、さっさと始めちゃおう」
と、男が背を向けた途端、僕は静かにでも素早く立ち上がる。そのまま左のカーテンに向かって走り出そうとして、
「何しようとしてるの?」
僕は失念していた。
学生だったら、いや、下手な大人だったら抜け出せる自信がある。爽さんにやり方を教えてもらったから。
だけど、こいつらは大人でプロだったんだ。かじっただけの僕が適うわけない。
「歩ッ正面の扉へ行けッ」
「こいつっ、まだ隠し持ってやがったか!」
一瞬、僕に視線が集まった間に沙羅は紐を全て外していた。なんて優秀。
僕はそのまま入り口に走る。人ひとりくらいなら避けれるわッ
「なん……っ!?」
この、ローリングサンダーで!
ただ、殴られる直前で前転して相手の視界から消える方法なんだけどね。体が痛いです。
「待てこのっ……!」
入り口にいた男は、沙羅たんが体当たりして一緒に視界の端に消える。
泥臭いやり方でなんとか僕は外に出られた。
「沙羅たん!」
「止まるな早くいけッ」
後ろを振り返るが、沙羅たんはいない。声だけは聞こえた。
何度も後ろを振り返っても、誰も僕を追ってこない。
「~~~~~~~っっ!!」
まさか、僕。僕だけ、逃げちゃった……?
「さ、沙羅たん……?」
立ち止まり、いくら待っても彼はこない。
「うそ、でしょ?」
そんな気はしてた。いやごめんなさい、その言葉を言いたかっただけです。
「てか、ここどこ?」
僕だけ戻っても助けられる気がしないし、携帯は盗られたのか持っていない。
まずここは学園内なのかどうか。それも分からずに無闇に動いてもいいことない。
これは……詰んだ?
いやいや、学園内にも森はある。とりあえず、爽さんに詰め込まれた地図に当てはめてみよう。
まず、この森は広葉樹林である。よくよく調べてみると、カシの木だった。これは学園の南側でよく見かけてた。
で、あれば結構近くにイチョウの木もあったはずだ。「秋になれば紅葉がきれいに見えますねー」なんて爽さんと話してた覚えがある。
「……あった」
脳内の地図と比較すると、見つけた。やっぱり学園の南側である可能性が高い。
そして、決め手はお花畑である。学校の計らいか分からんが、花の日時計がある。ちなみに今はひまわりが咲き始めようとする時期で、もう少しで咲きそうだ。
やっぱりここは学園の南側だ。
ここに廃屋があるのは初めて知ったのだけれど、ここはお金持ち校だ。人気のないところに1日で何か建物を建てることは動作もない。
ちくせう。
とりあえず学園方向に向かわねば。
「えっと、太陽がこっちにあるから、今は早朝だね、うん」
どうやら、だいぶ時間が経っていたらしい。
ひとりで森を抜けるのはいささか怖いので独り言をぼやいてみた。森のくまさんでも歌いながら抜ければ今の不安とかちょっとは和らぐんじゃないか?
「あるーっひー! もりのなっかー! くまさんにーっでああたー!」
……逆に悲しくなるわッ。
「爽さん翔先輩せい寛智誰でもいいのでいたら返事してくださあい!」
後で冷静に考えてみると、いるわきゃねーだろ、とか考えていただろうが、今の僕は精神ボロボロだ。涙声で呼びかけながら向かっていると、頭をぽん、と撫でられる。
「見つけた」
木々の間から、チャラ男はこちらを見て笑いかけてくれた。
「おぉああああぁ!!」
安心してボロボロと泣きながら抱きつく。よしよし、と頭を撫でてくれた。
「ノノっちいましたよー」
死角から何かがおなかに突っ込んできて、勢いでその人と僕は倒れる。
「あ、歩たぁん……っ!」
「か、かんちぃいいいぃあいだがっだよぉおおおお前は大丈夫なの゛がよおおぉぉお!!」
今度は寛智と泣き合いながら抱き合う。その後ろで、せいがホッとしたような顔で笑っていた。
「良かった……。ノノ、無事だったんだね」
ひとしきり泣き終わると、翔先輩と爽さんが来た。後ろには麻縄と布で蓑ように縛られた生徒会長が引きずられていた。
翔先輩もほっとしたように笑った。
「大丈夫!? 怪我とかはない!?」
「寛智取り乱しすぎ……」
ぷ、と思わず吹き出してしまったけど、沙羅たんが危ないことを思い出し、僕が覚えていることをかいつまんで皆に説明する。
みんなは僕が思ったより冷静だったらしい。
「碧、お前野軒をおぶれ。このまま行くぞ」
爽さんはそう言って、僕の頭を撫でる。
「何かされたか?」
「……いえ、その前に沙羅たんが僕を逃がしてくれたので大丈夫です」
「よく、こっちまで歩いてきてくれた」
「はい……っ!」
よくやった、と微笑みながらもう一度撫でられ、嬉しいのとホッとしたのがまた戻ってきて泣いてしまった。
「歩、辛いだろうが分かるところまで案内を頼む」
「分かりました」
僕はようやく笑えた。
爽さんのおかげで恐怖とか疲れが吹き飛んだ。もう大丈夫。
「ではチャラ男、僕をおぶるがいい。僕は重いぞ?」
「はいはい」
いつもの調子に戻った僕は、そう言って碧の背中に乗る。
おんぶとか小学生以来です、はい。
「最初から気になってたけどさ……」
僕らは出来るだけ早くあそこの廃屋へ移動していた。その途中、チャラ男に耳打ちする。
「何で生徒会引きずられてんの?」
てか君、僕をおぶりながら走るとかすごい体力してんのな。
「ああ、それは後でね」
「あとチャラ男はがれてんぞ?」
「ははっ、今更何を」
チャラ男の髪、いい匂いだムカつく。その後にキスされたことを思い出し頭の中で、うわぁあああ、と絶叫する。
「チャラ男やめたら? 僕は今の方がいいと思うけど」
「……」
僕の言葉に押し黙ってしまったチャラ男。何、僕まずいこと言った? なんかごめん。
「……あそこか」
僕らは離れたところに陣取り、あの建物を見る。
正面の扉は閉まっていた。おそらく鍵も閉められている。
「寛智、野軒を頼む」
爽さんの言葉に、寛智は「アイアイサー」と敬礼した。
「誠は出入り口に。出てきたヤツは逃がすなよ」
誠は頷き音も無く散る。おまいは忍者か。気配全く無いぞ。
……僕の周り人外大杉ちゃんだな。
「爽さん」
僕は思わず引き止めてしまった。聞きたいことたくさんあって、逆に何を言えばいいか分からなくなってしまった。
「爽さんの手に持ってる大量の紙束はなんですか?」
いや、それが言いたいんじゃないよ。
「一枚どうぞ」
僕は爽さんから紙を渡される。後で確認しよう。
「あ、あと」
何で沙羅たんが大変な目にあってるかもしれないのに2人はそんなに冷静なんですか?
相手は大人ですよ、返り討ちに合わないですか?
あと、あと……。言いたいことがぐるぐるして言葉が出てこない。
「大丈夫だよ、ノノ」
翔先輩は、ニコ、と僕が好きな表情で笑う。腕には会長が抱えられていて、シュールだけどね。
「危なかったら逃げるから。君達も危なかったらすぐに逃げるんだよ」
その後、2人は視線を交わすと、2人は僕が抜け出そうとしたであろう右側の窓に移動する。
そして、
――ガシャァアン!!
会長を何のためらいもなく窓に放り投げた。
「!?」
外からでも、中の驚きが伝わってきたような気がした。
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