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第2話:人をひとり幸せにすること
「……え? なんだそれ?」
意外なテスト内容にオレは面食らった。
「人をひとり幸せにするだけだ。別に難しいことじゃない、頭の良さも体力も必要ないぞ」
ルーサーは立ち上がると、帽子を被った。
「試験官は俺だ。見守ってるから頑張れよ、コウ」
「お、おう! ラクショーだぜ!」
サムズアップしたオレは、ふと首を傾げた。
「でもさ、幸せにするって、オレが傍にいたらそいつ不幸になるんじゃねーの? なあ――」
振り返ると、ルーサーは既に姿を消していた。
「あ、くそっ! つい乗せられたけど、これ何気に無理ゲーじゃん!? あの野郎~!」
「コウくん、静かにしてくださいね」
テーブルに突っ伏してじたばたしていると、カウンターの奥でグラスを磨いていたマスターから声が飛んだ。
「すんません」
ササッと体を起こしたオレにマスターは微笑んだ。
どういうわけか、この店にはオレの能力があまり効かない。ルーサーに聞くと、この店は『すごく安定していて、ひとりの貧乏神程度ではどうにもできない』らしい。
よく分からないけど、不幸顔の奴が傍にいないというのは実に居心地がいいので、オレはこの「Between the Sheetsいつものところで待ち合わせ」という奇妙な名前の店に入り浸っていた。
マスターは銀髪を緩く三つ編みにしたミステリアスな男。いつも穏やかな微笑みを浮かべていて、ルーサーともどうやら知り合いらしい。
「はあ~、しかしどんな奴を幸せにしたらいいんだ……出来れば最初からわりとハッピーな奴だと良いんだけど」
オレがため息をついた時、ドアが勢いよく押し開けられた。
「来たっ!」
振り返ったオレの目の前で、店に入ってきた客は――そのままぶっ倒れた。
マスターが目を丸くする。
「す、すみません……」
そいつはサラリーマン風の男だった。
大柄でがっしりした体格の男だったが、スーツはくしゃくしゃになっていて泥だらけだ。顔はあちこち腫れて鼻血まで出ている。
オレは慌てて駆けよった。
「ちょっとアンタ、大丈夫? どうしたんだよ?」
「すぐそこで酔っ払いに絡まれてしまって……ち、ちょっと休ませて……」
男はガクっと気を失った。オレは愕然としてそいつを見下ろした。
「……マジでこいつ?」
テスト対象は、最初から思いっきり不幸そうだった。
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